概要
王家の谷とは、古代エジプトにおける王たちの墓がつくられた谷のことである。
現在のルクソール、古代エジプト時代におけるテーベのナイル川西岸に位置している。
古代エジプトの有名な少年王ツタンカーメンはこの王家の谷から発見された。
解説
古代エジプトの王たちの墓がある谷と、概要の項目に先述したが、古代エジプトは『古代』という括りの中でも更に詳細に分類される時代である。
その中でも王家の谷が開発・使用され始めたのは比較的新しめの時代であり、新王国時代と呼ばれる時代区分の時代からである。
その為、全ての王の墓があるわけではない。西の谷と東の谷があり、東の谷に60、西の谷に4の墓がある。
歴史
王家の谷が使用され始めたのは、新王国時代以前より、ファラオの墓の多くが盗掘に会っていたことが原因である。
元々、古代エジプトでは死者はいずれ復活するという思想からミイラを作る風習があったが、ミイラを埋葬した際には、復活した時に生活に困らないようにという願いから埋葬品を埋める風習もあった。
そして王侯貴族の墓ともなれば、その埋葬品も高価な貴重品となることが多かったことから、墓泥棒の被害に遭うことが常で、新王国時代以前の王の墓の多くが盗掘に遭っていた。
そこで、新王国時代のトトメス1世によって初めて自分の墓のありかを隠す目的でこの谷に初めて岩窟墓が建設された。
それ以降、この王家の谷に歴代のファラオは埋葬されることになった。
しかし、結局はその後の長い歴史の中で王家の谷にある墓の多くも盗掘を受けることになり、唯一未盗掘でのちの時代に発見されたのは、1922年に発掘されたツタンカーメン(トゥトアンクアメン)のみである。
ちなみに、墓と言う意味では従来、ピラミッドがそうであると言われている。その根拠としては、ピラミッド自体がピラミッド以前に王墓として使用していたマスタバの発展形である事(最初のピラミッドであるジェセル王の階段ピラミッドはマスタバを重ねたような形状である)、多くのピラミッド内からミイラが発見されている事が挙げられる。しかし、ピラミッドの一部には明らかに墓として用いられていないものもある。これは建造当初は墓にする事を前提に建造されたものの、別のピラミッドに埋葬された為、結果的に墓として使用されなかったという説が有力である。
尚、ピラミッドは、農閑期の農民たちに割り振られた公共事業という説もあるが、実証性を伴わない為、現在では有力視されていない。実際は通年でピラミッド建造に従事する労働者が居た事が判明している。
関連タグ
古墳:日本に存在する各地の豪族の墓。仁徳天皇陵、通称前方後円墳が最も有名。
始皇帝陵:同じく、後年発見された王の墓。
スフィンクス:エジプトでは王の墓を守るとされる。
ピラミッド:エジプトの古代遺跡。