それほど遠くない昔、まだこの国が戦争を忘れていなかった頃……
概要
終戦のローレライとは、2002年に単行本化された福井晴敏氏の長編小説。上下全二巻。2005年に全五巻で講談社より文庫化、月刊アフターヌーンにて、作画・虎哉孝征氏、脚色・長崎尚志氏にて漫画連載開始。コミックは全五巻。(※長崎尚志氏は三巻からクレジットから外れている)
第24回吉川英治文学新人賞、第21回日本冒険小説協会大賞日本軍大賞受賞。
ストーリー
1945年8月、大平洋戦争が終焉に向かおうとしていた年、潜水学校にて教鞭を振るっていた絹見真一 少佐は、浅倉良橘大佐からある特命任務を受ける。
それは、戦利潜水艦伊507を受領し、同艦の艦長に任命、五島列島沖に廃棄されたドイツ軍の特殊音響兵装PsMB1、通称ローレライの回収任務であった。
海軍の上等工作兵折笠征人、元ドイツ軍SSフリッツ・S・エブナー、「無法松」と影で呼ばれる田口徳太郎兵曹長など、一癖も二癖もある人物が召集され、伊507は、やがて国の存亡をかけた数奇な運命へと舵を切る……。
登場人物(左側は読み方、右側は映画版キャスト)
伊五○七乗組員
絹見真一(まさみしんいち/役所広司)
伊507の艦長。階級は少佐。四十三歳。優秀な潜水艦乗りであったが、義理の弟が国是に背き自害したことで、潜水学校の教師へと左遷された。
征人や清永からは「石頭の軍人」「鉄面皮」と呼ばれているが、艦長としては非常に優秀で、型破りな作戦で艦の危機を何度も救っている。本編の主人公の一人。(本作は群衆劇なので、全員が主人公といえるかもしれないが)
ちなみに、2016年1月現在、絹見単体で描かれた作品は一つも存在しない……
折笠征人(おりかさゆきと/妻夫木聡)
(イラスト左側の人物)
上等工作兵。長崎生まれの十七歳。本編の主人公の一人。特殊潜航艇「海龍」の乗組員。(映画版では人間魚雷特攻兵器「回天」の隊員)
良くも悪くも少年らしい真っ直ぐな感性の持ち主で、彼の言葉は時に艦の運命を変えることがある。
田口には「目が早い」と一目置かれている。潜水につきものの窒素中毒にかかりにくい体質で、素潜りは横突一と評される。
「ローレライ」の回収要員に指名され、ローレライの「核」の真相に触れたことから彼の運命は大きく変わることになる。
なお、絹見同様、2016年1月現在、彼単体で描かれた作品は存在しない。主人公の一人なのに……。
清永喜久雄(きよながきくお/佐藤隆太)
上等工作兵。征人の友人であり、同じく特殊潜航艇「海龍」の操舵員。二十二貫(約82.5キロ)と巨体であるが、「海龍」の操舵の腕は随一であり、ローレライ回収ではその腕を如何なく発揮した。
家は時計店であり、弟妹が七人いる。
フリッツ・S・エブナー
元ドイツ軍親衛隊(SS)士官。階級は少尉。二十一歳。UF4、後の伊507のローレライシステムの整備担当官。祖母が日本人の日系ドイツ人の為、容姿は日本人そのものである。ドイツ軍では「黄色いSS」という渾名であった。
冷静沈着。鉄の意志と容赦ない実行力は、ナチの化身と揶揄される程。だがそれは自分と妹が生き残るための行動であり、決して悪人ではない。妹曰く「一つのことに夢中になると周りが見えなくなる」性格で、SSに入ってからは感情を消す努力をしていたが、絹見に言わせれば「嘘が顔に出やすい」とのこと。基本的に一直線の人柄。
後述のローレライの「核」に深い関わりを持つ。
ドイツ軍親衛隊という設定からか、映画版には登場しない。
パウラ・A・エブナー(香椎由宇)
音響兵装PsMB1、ローレライの「核」となる少女。十七歳。フリッツの妹。本作のヒロイン。
ドイツ軍の人種改良施設「白い家」の投薬実験により、「水を媒介にし、対象物の正確な位置、数、詳細な形状を全て把握できる」という能力が偶然発現してしまい、兵器として扱われていた。原作では実験で感知限界距離は半径百十三キロという数値を実証している。
ただし、水を媒介に読めるのは他人の思考もであり、敵艦を撃破した際には、死人の痛みや怨嗟の声、恐怖、絶望など全てを感知してしまい、パウラは気絶してしまう。その為ローレライ・システムを使えるのは一回の戦闘で一回切り。
兄と共に壮絶な半生を過ごしてきたためか、登場時は冷たい印象を与える少女であったが、征人他伊507の乗員と暮らすうち、徐々に心を開いていく。
pixivでは、終戦のローレライ関係は彼女の絵が多い。フリッツと一緒に描かれることが多い。
映画版ではドイツ軍の実験のくだりは回想で少し触れる程度で、過去についてはっきりとは描かれていない。
田口徳太郎(たぐちとくたろう/ピエール瀧)
階級は兵曹長。伊507の掌砲長。四十七歳。
右頬に抉れたような傷があり、強面で見た目はやくざ者。征人からは「無法松」「鬼瓦」と呼ばれている。
外見と裏腹に、人情に篤い面があり、時に征人やフリッツ等の艦の若者を導いていく。
南方戦線に配置されていた過去があり、頬の傷はその時にできたもの。
高須成美(たかすなるみ/石黒賢)
先任将校兼水雷長。階級は大尉。三十六歳。
物腰の柔らかい優男。艦の副長的存在。
映画版では先述の通りフリッツが登場しないため、彼がローレライ・システムの軍属技師として登場。原作とは一番人物像が変更されたキャラ。
岩村七五郎(小野武彦)
機関長。機関大尉。五十一歳。
木崎茂房(柳葉敏郎)
航海長。大尉。三十七歳。映画版では先述の高須が軍属技師へと変更されたため、彼が先任将校を勤める。後述の早川の役割も兼ねる。
早川繁栄
特殊潜航艇「海龍」の艇長。階級は中尉。三十三歳。映画版には登場しない。彼の存在が清永の成長に大きく影響する。
小松秀彦
甲板士官。階級は少尉。二十四歳。作中では「瓜実顔」と表現され、漫画版ではひょろりとした体型で描かれている。
規律に厳しく、融通の利かない面があり、船酔いをよく起こしている。映画版には未登場。機関員の小松春平(KREVA)に代わられた?
時岡纏(ときおかまとい/國村隼)
軍医長。軍医大尉。三十八歳。帝国大学医学部出身で、やや空想家な気質がある。おしゃべりで人柄は穏やか。「能天気」とまで評される。だが、パウラの能力について鋭い考察を述べたり、決して医学者として無能というわけではない。
帝国海軍
浅倉良橘(あさくらりょうきつ/堤真一)
軍令部第一部第一課長。大佐。四十五歳。
伊507をローレライ回収任務に当てた張本人。元華族の血を引く家系のうまれ。非常に頭が切れる軍人で、海軍学校を主席で卒業。第二の石原莞爾と称される程の才覚と先見の明の持ち主。年齢の割に外見が若々しく、絹見や大湊いわく「人間味のない、爬虫類を思わせる」とのこと。そのまま順調に海軍大臣への出世の道を歩むかと思われたが、「確かめたいことがある」と激戦地である南方前線に自ら赴いた過去がある。
国の未来を憂慮しており、「この国があるべき終戦の形」のため、裏で策謀を巡らせる。
大湊三吉(おおみなとさんきち/鶴見辰吾)
軍令部第三部第五課長。大佐。四十五歳。
浅倉とは同期であり、学生時代から彼の才能を見抜いていた。姿を消した浅倉、並びに伊507の行方を追う為に奔走する。
戦後は戦犯として巣鴨の拘置所に拘留されていたが、生き残った征人とパウラを守るため、アメリカ相手にはったりを仕掛け、断固とした姿勢を取り続けた。
彼の行動は、後述の「防衛庁広報課なる組織が生まれる土壌を作った。
天本徹二
大湊の部下。少尉。二十四歳。大湊と共に伊五○七、浅倉大佐の行方を追う。
原作の終章では、防衛庁広報課に所属しており、これは後の福井作品に登場する非公開情報組織DAISの前身である。生き残ったパウラと征人をアメリカ軍の手から大湊と共に守ってきた。
ドイツ軍
カール・ヤニングス
伊507の前身である、UF4の艦長。四十三歳。ドイツが負け、日本への逃亡への道行き、「しつこいアメリカ人」に襲われ負傷した艦の沈降を防ぐため、重要なローレライ・システムが収められたナーバルを五島列島沖に廃棄するなど、艦長としてはやや能力に劣る。(UF4が日本軍に受け入れてもらうための条件が、ローレライの譲渡であった)
彼以下、フリッツ以外のUF4の乗員が日本につきどうなったかは漫画版では書かれていない。が、原作では長崎の捕虜収容所に収容され、その後原爆投下で全員死亡したことが示唆されている。
アメリカ軍
スコット・キャンベル
米潜水艦「トリガー」の艦長。四十二歳。上層部の命令によりUF4(伊507)を執拗に追いかけローレライ・システムを手に入れるため敵艦として立ちはだかる。その様子からフリッツやUF4の乗員からは「しつこいアメリカ人」と呼ばれていた。
ローレライ・システムの性能を図るための当て馬として扱われていたことを知りながら、それでも伊507と対決する。艦長としては決して無能というわけではなかったが、最後は絹見の奇策にはまり、艦を撃沈され死亡。
マーティン・オブライエン
米空母「ダイコンテロガ」艦長。四十八歳。
CZ法という画期的な水中探査法の開発に関わった功績がある優秀な人物。物語後半の伊507の敵として立ちはだかる。
「艦長と話して見たかった」など、伊507のありようにどこか共感しているのが伺える。
土谷祐(つちやたすく/忍成修吾)
海軍技術中佐。三十八歳。
が、本当の姿は米海軍情報部(ONI)の対日工作員。日系アメリカ人で、「土谷祐」という名も任務に当たるにつけられた偽名。本名は不明。
激しい人種差別にさらされた半生のせいからか、非常に残忍な性格で、自分の目的の為には部下すら見捨てる。パウラからは「ナチスと同じ」と蔑まれた。
アメリカには忠義など感じておらず、ただ土谷の素質を見抜いたONIに「肌の色を利用されているだけ」であり、最後には田口と征人に撃たれ、パウラに内面をのぞかれ、重大な情報を知られ絶命する。
映画版では高須と同様立ち位置が大きく変わっており、階級は少尉。浅倉の忠実な部下として暗躍する。
その他人物
ルツカ
ドイツ軍人種改良施設「白い家」でのパウラの友人。生まれはポーランドのロズで、十四歳。ブルネットの髪と瞳を持つ活発な少女。右手首に彫られた被験者番号は4313-01。フリッツに惚れている。
「リンドビュルム計画」の新たな被検体として(ペテンを働き)パウラと同じ棟内に招かれたが、生体解剖にかけられ悲惨な最期を遂げる。映画版では未登場。
コルビオ
フランス潜水艦シュルクーフの艦長。ひげもじゃで、パウラいわく「小説の挿絵に出てくる艦長そのもの」といった風情。ドイツ軍の捕虜となったあともローレライ・システムと艦の連結の為改装に活躍する。
そこでパウラと出会い、二人は心を通わせるが、最終実験の有人標的にされ、シャンソンに包まれながら艦と共に沈んでいき、死亡。映画版には未登場。
兵器
伊507
絹見が艦長を勤める戦利潜水艦。勿論架空の船であるが、船体はシュルクーフという実在したフランスの潜水艦。史実では商船にぶつかり沈没したが、本作ではドイツ軍に拿捕されUF4に改装される。
性能
排水量 | 3250t(水上)4303t(水中) |
---|---|
全長 | 110m |
全幅 | 9m |
喫水 | 7.25m |
機関 | ディーゼル二軸、水上:12,400馬力、電動モーター、水中:4,000馬力 |
速力 | 水上:25ノット、水中:15ノット |
兵員 | 8+110名 |
兵装 | 550mm固定式魚雷発射管×4門(前部)550mm旋回式魚雷発射管×4門(後部)400mm魚雷発射管×4門 203mm連装砲×1基 25mm対空機関銃×2基(映画版では撤去) |
潜航艇 | 特殊潜航艇N式潜(ナーバルPsMB-1)×1艇と海龍×1艇(物語途中で廃棄) |
(Wikipediaより)
シュルクーフ
実在したフランスの潜水艦。巨大な二門の大砲が特徴。詳細はリンク先へ。
ナーバル
パウラの後ろの潜水艇。
伊五○七の甲板に設置された小型潜航艇。ローレライ・システムの中枢である。映画版の正式名称は特殊潜航艇N式潜。
パウラはUF4時代ここで生活していた。ナーバルとはドイツ語でイッカクイルカのこと。もしもの場合、単独で航行でき、魚雷が二門搭載されている。モデルはドイツの小型潜航艇「ゼーフント」。
また、ローレライ・システム稼働時には艇内は海水が注水され、パウラは温熱器を仕込んだ防水スーツと脳波感知の為のヘルツォーク・クローネという特殊なヘルメットを被る。
が、映画版では撮影上の問題か、艇内の浸水はなく、特殊な触媒液が防水スーツの内側に巡り、頭部にヘルメットは被らず、何故か手から感知像を発令所に届けるという仕組みになっている。そしてなぜか母艦から離脱しなければならない。
単語
リンドビュルム計画
「白い家」にて能力が発現したパウラを兵器として運用するための計画。計画名のリンドビュルムとは、ドイツ語で「飛竜」という意味。
白い家(ヴァイセツ・ハウス)
東プロイセンのケーニヒスベルクに建てられた研究施設。表向きは「レーベンスボルン」の姉妹機関。
だが実態はSS長官ハインリヒ・ヒムラー直轄の人種改良施設。ドイツ国内やドイツ占領下の国から攫ってきた、四代前にアーリア人の血が混じっている、ユダヤ人ではない十五歳以下の子供が収容対象。(フリッツは収容時十六歳であったが、特例で収容が認められた)
オカルト狂いのヒムラー直轄施設なだけあって、「治療」の内容は外科的手術や麻薬めいた薬物投与など非常に過激。パウラは十二歳の時、ここで水を媒介とする感知能力に目覚めてしまう。
椰子の実
島崎藤村作詞の日本の童謡。本作のテーマともいえる歌。映画版ではヘイリー・ウェステンラのモーツァルトの子守歌に変更されている。福井晴敏氏いわく「椰子の実だと商業的に見た場合売れないから」らしい。(DVDのオーディオ・コメンタリーより)
動画→ 椰子の実
別名・表記ゆれ
ローレライ 題名のモデルとなったドイツのライン川の魔女の名。美しい歌声で船乗りたちを惑わせる。映画版のタイトルでもある。
余談
pixivでは潜水艦作品ということで艦隊これくしょんや蒼き鋼のアルペジオとのクロスオーバー絵が多い。
関連タグ
福井晴敏 パウラ フリッツ シュルクーフ 潜水艦 ハインリヒ・ヒムラー ナチス 潜水艦 透視 太平洋戦争 伊507 スルクフ ナーバル