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朝鮮の編集履歴

2022-08-22 22:24:26 バージョン

朝鮮

ちょうせん

アジアに位置する朝鮮半島地域。朝鮮半島。

概要

ユーラシア大陸の東アジア地域に位置する半島(韓半島)を指す呼び名。また李氏朝鮮王朝(朝鮮国)や朝鮮人民共和国(朝鮮国/大韓国)、朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)など、朝鮮半島に存在してきた国家の国名としても使われる。ハングル文字では조선(チョソン/朝鮮)と表す。


韓国では主に한국(ハングク/韓国)が使われるが、韓国においても「朝鮮」の名がつく会社や施設(朝鮮日報、ウェスティン朝鮮ホテルなど)は多い。


日本でも当該地域の南北を包括する呼び名として「朝鮮」がよく使われたが、現在では「朝鮮半島」という呼称を除き、主に朝鮮民主主義人民共和国または李氏朝鮮を指す。


名称の由来は、楽浪朝鮮から、中国人が朝光鮮麗の地と呼んだことから、またかつて存在した遊牧騎馬民族「鮮卑」に由来する、など様々な説がある。


韓国では時として蔑称に取られることもある(日本での北朝鮮にあたる韓国の言葉は「北韓」であり、朝鮮半島は「韓半島」である。)


歴史

有史以前には石器文化を持つ人々が住んでおり、次第に稲作文化も根付いた。紀元前1世紀頃に中国からの移住者によって衛氏朝鮮が成立。その後、衛氏朝鮮(えいしちょうせん)を滅ぼした漢王朝に支配下となった。

4世紀頃に満州の高句麗(こうくり、コグリョ)が南下し、半島南部にバラバラにあった馬韓(ばかん)・辰韓(しんかん)・弁韓(べんかん)の3つからなる三韓は百済(くだら、ペクチェ)・新羅(しんら、シルラ)・任那伽羅(から))に分かれて成立。百済は日本と友好国であったが、新羅とに攻められ、百済救援に乗り出した日本も敗退し百済は滅亡。高句麗も新羅と唐に攻められて滅ぼされ、新羅は唐との戦いに敗れて半島の大部分を唐に奪われ、後高句麗と後百済もできる。


10世紀に高句麗を継承した高麗(こうらい)が新羅を滅ぼして半島を統一。しかし、12世紀にモンゴル民族の圧迫を受け滅び、親元朝政権となり、元寇にも参戦した。

元王朝が衰退したことで高麗が復活したが、14世紀末に李成桂(イ・ソンゲ)(女真族の王であるという説もあり。)が、高麗を滅ぼして半島を統一し、李氏による「朝鮮」が成立(李氏朝鮮)。この時代より、儒学が広まり、科学技術や文化が発展。その代表例として、3代国王・太宗の統治時には、世界史上初の銅板活版が発明され、その次の4大国王・世宗の時代には、現在朝鮮人の間で最も多用されているハングルが誕生した。16世紀に豊臣秀吉朝鮮出兵をしたため、国土の大半が蹂躙と支配を受け、明朝の支援を借りつつ、李舜臣(イ・スンシン)の指揮下で日本勢力を駆逐し、国土を回復した。清朝の中国制圧に伴い朝貢先を清朝に変え、国内では特権階級・両班(ヤンバン)が権勢を振るった。


19世紀に日本と清朝が朝鮮の独立と外交を巡って対立し日清戦争が勃発。南下して影響力を増したロシアとの日露戦争にも勝利した日本は、朝鮮での影響力を増し、韓国併合が成された。


日本が第二次世界大戦で敗北すると、アメリカソ連が進駐して韓国と北朝鮮が成立し南北に分断。朝鮮戦争も起こり、休戦が結ばれて、緊張対立が続いている。


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ヘタリア任勇洙 ヒョンス

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