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概要

嘉永6年(西暦1853年)6月3日、ペリーは4隻の艦隊を率いて、浦賀水道に到達した。
搭載した最先端をいく炸裂弾砲を並べ、いつでも使用する用意があるといって日本を威嚇した。日本当局は、国法に従って長崎に廻航してほしいと嘆願したが、ペリーはそれを無視し、武器を誇示して強引かつ違法に居座った。国際法に照らして、海賊行為であった。ペリーは白人優位の歴史観しか持ち合わせていなかったのである。

ペリーはその日本人に取り入るために贈物を持参した。浜辺にレールを敷いて、模型の蒸気機関車を走らせたのである。当時、日本は最も高度な文明国であったが、おもちゃの汽車が功を奏して幕吏たちが熱中したのであるから滑稽である。
ペリーだけでなく、ヨーロッパ各国にとってアジアは植民地支配の新たな獲物であった。西洋人にとってアジアには国境線がまったくなく、原住民は人として扱われなかった。ペリーは、即刻行動しなければ、アジアは他の白人国家によって、すべて植民地にされてしまうと焦ったのであった。
ただし、アメリカは鎖国していた日本を開国した先駆者となったが、同時期アメリカ本国内で起きた南北戦争の影響でアジア方面への進出する余裕がなくなり、結果としては幕末の戊辰戦争においては大した影響力を行使できず(南北戦争で使われた銃火器が日本に大量に持ち込まれた程度)、薩長を支援したイギリスなどに明治新政府内での主導権を握られることになるのだった。

傍若無人に侵入したペリーは、自分は神の使命を果たしていると考えていた。一方で、日本の神を蛮神として、まったく敬意を払わなかった。
こうして圧倒的な力で日本を凌辱し、不幸な火種を植えつけ、西洋に対して長年にわたって燻り続けた敵愾心を抱かせた。この火種は後の太平洋戦争となった。

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