解説
成形炸薬弾は、炸薬の特定の形状に成形することで装甲を侵徹する効果を持たせた砲弾、弾頭のこと。モンロー・ノイマン効果という、爆薬の衝撃波を一方向にコントロールする技術を応用したものである。もともとは強固なトーチカの破壊機材として開発が進められた。
理論上、着弾時の状況さえ整っていれば着速や射距離を問わず同じ装甲厚を射貫可能なことから、通常の徹甲弾に代表される運動エネルギー弾とは異なり化学エネルギー弾に区分される。
軍用の対戦車兵器としては「High-Explosive Anti-Tank」の略語から「HEAT(ヒート)」とも呼ばれるが、HEAT(ヒート)という表記はあくまでも英名の頭文字を羅列しただけで、「熱」という意味ではない。また、装甲貫徹の原理に熱は事実上関与していない。
燃料や弾薬の引火等により燃えた車両を勘違いした、という以外にも侵徹穴からの燃焼ガスの吹込みにより焼かれる事もある為、それが熱による破壊と勘違いされる原因と思われる。
「Anti-Tank」が入っているので、和訳では「対戦車榴弾」と呼ばれることがあるが、実際の用途は対戦車ミサイルやロケット弾、対戦車手榴弾といった対戦車兵器のみに留まらず、魚雷の弾頭、不発弾処理機材、金属切断用爆破線に用いられることもある。
構造・仕組み
爆薬が漏斗状に成形されていて、漏斗の広がった側が目標に向いている。これを起爆するだけでも貫通力が発生するが、実用上では薄い銅などで作った金属板(ライナー)を漏斗面に貼り付け、さらに貫通効果を増すようにされている。
砲弾やミサイルの場合は飛ばした際の空気抵抗を避けるため、この先にさらに風防がかぶさっているので、外見的には漏斗型になっていない成形炸薬弾も多い。
起爆すると爆薬で生じた衝撃波が漏斗の頂点に一点集中して、金属でも耐えられないほどの高圧力を発する。
これを受けたライナーは圧力に負け、頂点部分から粘土のように強引に潰されていく「塑性流動」を起こして前方に絞り出され、秒速数kmもの超高速で移動する「メタルジェット」と呼ばれる状態になる。
メタルジェットが対象に到達すると、今度は対象を塑性流動させて侵徹し続け、十分なエネルギーを持ったまま射貫しきると裏側に超高温・超高速で突き抜ける。
ライナーのメタルジェット化はほぼ爆薬の圧力だけで発生するため、「爆発の熱で溶けた金属が噴き出す」といった効果ではない。
兵器として使用する場合は、メタルジェットが装甲を突き破って内部に損傷を与える形で利用される。戦車などの装甲に当たれば、強烈な圧力による衝撃や、それで飛び散る破片などでも車内にダメージが生じることになる。
起爆で生じたエネルギーのうち、メタルジェットの生成に使われるのは3割ほどで、残りは普通の爆弾のように周囲に爆風として放出される。この爆風によって一応は榴弾のように周囲を巻き込んで破壊する効果もある。ただ、本職の榴弾よりも炸薬量に劣り、意図して破片をまき散らし攻撃する機能もないので、その威力は比較的低い。
榴弾としての効果が高まるように、割れて散弾化する外殻や鉄片などを詰め合わせにしたものは「多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)」と呼び、あまり貫通力を必要としない軟目標(トラックや歩兵など)も破片に巻き込んで効果的にダメージを与える。
HEAT-MPはイラク戦争などにおける市外戦で歩兵の援護にも活用された。敵兵の立てこもる陣地や家屋は徹甲弾や重機関銃で撃っても貫通するだけでなかなか崩せなかったのに対して、HEAT-MPは爆発して巻き込むため効果的だったとされている。「だいたいなんにでも効く」ので、明らかに戦車戦が想定されない場合は万能弾としてこちらを装填しておくことが多いらしい。
ライフリングとの相性
一般的な銃砲の多くに施されるライフリングは、砲弾に回転の力を加えてその直進性を高める効果を有する。
…が、これは成形炸薬弾とは非常に相性が悪い。
砲弾に回転で遠心力が加わった場合、着弾時に回転の作用で位置により速度の異なるメタルジェットは断片化し、断片化したメタルジェット同士が干渉しあうことで侵徹威力が激減してしまい、侵徹効率が大きく低下してしまうのだ。
戦後第三世代戦車ではライフリングのない滑腔砲が普及していたので問題なかったが、まだライフル砲が一般的だった戦後第二世代あたりの戦車が使うHEAT弾では、弾の外殻である装弾筒との間に「スリップリング」という滑りやすい素材を挟み込み、わざわざライフル砲の回転を殺す仕組みになっていた。
中にはG弾のように外殻を二重構造として間にベアリングを入れ、回転する外殻と回転しない内殻という構造のものもあった。
生成されたメタルジェット自体に回転モーメントを付与できるように設計し、砲弾が姿勢安定できる最低限の旋動状態でもメタルジェットが断片化せずに最大に効果を発揮するように設計された成形炸薬弾も登場している。スリップリング等を用いることなくライフル砲に対応し、弾道を安定させて長距離での命中精度を向上させている。一方でこのような構造を持った砲弾は回転のない静爆状態では本来の性能を発揮しないため、テスト時や砲で使用しないイレギュラーな運用時では問題となることもある。
逆に滑腔砲で用いられる成形炸薬弾は、APFSDS(翼安定徹甲弾)同様、尾部に安定翼が設けられている。これは、ライフリングによる回転が無い砲弾に安定翼で直進性を与えるため。初速を高められるが横風の影響を受けやすいなど一長一短がある。
ライフル砲では安定翼付きがないかというとそうではなく、70式HEAT-T等は安定翼が付いたものとなっている。
安定翼付きのものは翼安定対戦車榴弾はFSHEATやHEAT-FS(FS=Fin-Stabilized)とも呼ばれる
対策・対策の対策
近代的な徹甲弾やHEAT弾の「塑性流動化による貫通」は、傾斜や丸みをつけた避弾経始で弾をはじくといった理論を無効化するため、戦車などの装甲防御に対する考え方を大きく変えるほどの効果があった。
「もはや従来の装甲では防ぎ切れないので、諦めて機動力を重視しよう」という設計思想の戦車が出て来るほどだったのである。
しかし、適切な距離に達する前に障害物などに当たって起爆してしまうと対象に何のダメージも与えない場合や、着弾時の姿勢などが悪いとメタルジェットがあらぬ角度に飛んでいくといった弱点があるので、この弱点を突く形でHEATに対する防御方法がいくつか実用化されている。
- 装甲から離れた位置で起爆させ無効化する
- 起爆前にライナーを破壊する
- 弾頭信管(起爆装置)より大きく、砲弾全体より小さいぐらいの隙間がある金網や金属繊維製ネット等を貼り、隙間に入った砲弾をひっかけてライナーを破壊する。ライナーの形状が崩れると起爆してもメタルジェットが生成されず、貫通力が生じない。射程ぎりぎりで低速になっていたロケット弾などはひっかかったり、砲弾先端の信管周辺が破壊された事で不発になることもある。
- より高性能な装甲で防ぐ
- 爆発反応装甲や着弾時に高い圧力を発生させる材質でメタルジェットの侵徹効果を減ずる、または砲弾を破壊する
- アクティブ防護システムにより砲弾を迎撃、破壊する
しかし、成形炸薬弾側でも対策に対する対策が講じられている。
- タンデム弾頭
- 最適な貫徹力を発揮する距離が異なる弾頭を2段もしくは3段備え、反応装甲や障害物等の効果を減じ、複数侵徹することで複合装甲の特性を弱める。
- デコイロケットを用いたアクティブ防護システムの対応能力への負荷
- 技術向上による着弾姿勢や状況によらないメタルジェットの貫徹能力最適化
などなど。装甲と貫通手段はいたちごっこで追いつけ追い越せの進歩をしている状態である。
自己鍛造弾
HEATとは別種の成形炸薬弾。「爆発成形侵徹体(EFP)」とも言う。
爆薬とライナーは漏斗型のHEAT弾よりもさらに平たい「皿」のような形に成形されていて、周囲を強固な外殻で覆うことで爆発の衝撃波が外部に逃げにくい構造になっている。
爆薬部分は「爆薬レンズ」と呼ばれる形に加工されていて、起爆により均一平面状の衝撃波がライナーに当たるとライナーが押しつぶされ、名前の通りひとりでに(自己)弾丸に変型して(鍛造されて)超高速で撃ち出される。
爆発を外殻で閉じ込めるのでHEATよりエネルギーの利用効率が良く、侵徹体はHEATのメタルジェットとは異なり冷間鍛造されたカッチカチの固体であるため、メタルジェットより遥かに遠くまで飛び、硬さと運動エネルギーによる高い貫通力は二重装甲のようにメタルジェットを攪乱するタイプの防御手段でも貫いてしまう。
一枚のライナーに複数のくぼみをつけることで多数の侵徹体を射出する「マルチEFP」などもあり、ミサイルなどに搭載すると貫通弾を雨あられと撒き散らす対装甲兵器にもなる。
こちらも適切な距離というものがあり、それを外した場合は適切な効果を発揮しないが、基本的にその射程距離の長さを生かして離れた場所で起爆して撃ち込むので、至近距離や遠すぎる場所で使用しなければ問題とならない。
一方で、調整破片や散弾を詰め込んだ榴弾よりは飛び散る数が少なく、ライナー直径に対する貫通可能な厚みはHEATの方が効率が良いなど一長一短がある。単一の目標の装甲を破るには大型のHEAT弾頭、効果範囲を取りつつ深い損傷を負わせたい用途ではEFP弾頭といった使い分けがされる。
強固な外殻、と言ってもライナーよりは、というだけで爆発で破壊されてしまう為、こちらも侵徹体の成形に使用されないエネルギーを利用してEFPの撃ち出される方向以外に破片をまき散らす効果を与えるものもあるが、このような構造を採用する意味は薄く、EFPとして以外の使用もするIEDで行われている。
非軍事用途だと、宇宙探査機はやぶさ2も自己鍛造弾ランチャーを積んでいた。
もちろん、宇宙怪獣との戦闘用…といったものではなく、着陸した小惑星にEFPを撃ち込み、劣化していない内部の岩石を採取する穴を開けるための装備である。
これにより小惑星からのサンプルリターンという偉業を成し遂げた。