カサブランカ級護衛空母
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かさぶらんかきゅうごえいくうぼ
カサブランカ級は、アメリカ海軍の護衛空母である。
1942年にカイザー造船所社長ヘンリー・J・カイザーが提案した、コンパクトかつ無駄なく安くなるべく打たれ強く、速力もなるべく速くといういうプランに基づいて建造された護衛空母。1943年7月8日から1944年7月8日にかけて50隻が建造された。
驚異的なことに毎週一隻のペースで完成しており、仕事の早いアメリカ人をして驚かせ「週刊空母」と異名を取った。年末進行ともお盆進行とも無縁のアメリカのことなのでもちろん年末にもお盆にもしっかり刊行されている。やめてくださいしんでしまいます。
なお、構造こそ商船型だが、それまでの商船改造空母と異なり、完全な新設計の新造艦である。
艦船の量産にあたってもっともネックとなる機関には、入手の容易なレシプロ機関を採用しているが、抗甚性を考慮してシフト配置を採るなど、より本格的な空母として仕上がっている。
カサブランカ級の活躍、功績はアメリカ軍の行くところどこにでも艦載機の傘をさしかけたことなど多くあるのだが、最大の見せ場はサマール沖海戦であろう。
この戦いには十隻近いカサブランカ級が二つの任務部隊に編成されて参戦していたが、激烈を極めた戦いに犠牲が続出。ガンビア・ベイが大和型戦艦を含む日本艦隊の砲撃によって、セント・ローが特攻機によって撃沈され、キトカン・ベイおよびカリニン・ベイが砲撃で損傷、ペトロフ・ベイ(他にサンガモン級のサンティーとスワニー)も特攻機の突入を受けるなどボコボコにされた。
が、結果的には日本海軍栗田艦隊の戦力を削ぎ取りレイテ湾突入を遅らせる殊勲をあげ、チェスター・ニミッツ元帥から惜しみない賞賛の言葉を贈られた。
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