ナラトゥース
ならとぅーす
ナラトゥースは旧支配者たちの下僕を勤める存在である。現在は主であり仲間であるクトゥルフたちが目覚めて世界を再び支配する日を夢見ながら、外宇宙の闇の中で眠っている。
その容貌はざらついた鱗に覆われた白い巨体、三つに割れた燃え上がる単眼がある膨れ上がった頭部、涎を垂らす分厚い唇と描写され、“時間と空間の繊維”から万物を創り出す驚異的な力、旧支配者に関する豊富な知識、流暢な人語の使用という豊富な能力を備える。
また、儀式を通してナラトゥースが使役される間は術者を害さず、その身を守ることを誓うという。
スペインで翻訳された十七世紀版「ネクロノミコン」の638ページにはナラトゥースの召喚方法が記されている。『ナラトースを目覚めさせるは術に未熟なる者にも可能なり。』と書かれるように、牡猫の血、女の肌着、円と五芒星形、特定の呪文の朗誦で事足りるとされる。
ナラトゥースはロバート・シルヴァーバーグの短編「クトゥルーの眷属(Demons of Cthulhu)」に登場する。なお、青心社「クトゥルー10」収録の同作品においてはナラトース表記である。
この作品の主人公はミスカトニック大学附属図書館に勤める青年マーティである。ある日、大学院生のヴォーリスからネクロノミコンを盗み出す計画を打ち明けられたマーティは、遊ぶ金欲しさにその片棒を担いでしまう。だが、マーティはネクロノミコンを売り払ってしまえばより儲けられると悪心を抱いて自分の懐に入れてしまい、さらに同書を走り読むうちにナラトゥースの召喚方法を記した頁を目にする。直後に血相を変えたヴォーリスが乗り込んでくるも、その剣幕からネクロノミコンへのさらなる興味を抱いたマーティは適当にヴォーリスを追っ払うとナラトゥース召喚の儀式に着手する。
半信半疑の内に儀式を完遂したマーティの前にナラトゥースが現れ、マーティの願いを次々と叶えていく。そしてナラトゥースが語る旧支配者の知識に触れるうちに、マーティは全世界すら手に入れる力を獲得したと有頂天になっていくのだった。
…以上があらすじなのだが、この「クトゥルーの眷属」はかなりぶっ飛んだ作品である。
まず、召喚の儀式だが、マーティの伯母のスリップ(ランジェリーの一種)と家の裏庭にいた牡猫で準備物が揃ってしまい、あとは暗くした部屋の床に描いた円の前で二分ほど呪文を唱えているとナラトゥースが登場してしまうのである。
続くマーティの願いも「食物と飲物(ステーキとシャンパン)」、「食前のショーとして踊り子を連れてくる」、「後片付け」というすこぶる小規模なものに終始しており、それをナラトゥースは文句を言いつつ完璧に用意して応えてみせるという甚だシュールな場面が展開される。
そして、物語のオチになのだが、マーティはナラトゥースを退散させる呪文を唱えたつもりが、誤ってヨグ=ソトースの召喚呪文を唱えてしまう。途中でヴォーリスが止めに入るもヨグ=ソトースは完全に顕現してしまい、触腕でナラトゥースを封じた円を破壊し、マーティを捕えて貪り食うとナラトゥース共々そのまま虚空に消えてしまうのである。
まとめると、旧支配者側であるナラトゥースは眠ってるところをいきなり呼び出され、色々と不満を抱きながらも真面目に要求に応えていたら、当の術者がいきなりヨグ=ソトースを召喚して盛大に自爆し、召喚円が無くなったのでそのまま直帰したというだけで、何も悪いことをしていないのである。
強いて何が悪いかと言えば、マーティの頭が悪かったぐらいであろう。