概要
2007年の5月25日、ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州ハイルブロン市に止まっていたパトカーの中で、2名の警官が弾丸を受けて倒れているのが発見され、1名が死亡、1名も重い後遺症を残す重傷を負うという銃撃事件が発生した。
この事件の捜査の中で、現場調査で検出されたDNAがドイツ各地で起きた殺人、窃盗、薬物事件の現場からも検出され、更にはフランスやオーストリアでも検出されると、犯罪シンジゲートとの強い関わりを持つ国際的な連続殺人犯による犯行だと見なされるようになり、「ハイルブロンの怪人」「顔のない女」なる異名をつけられ全ヨーロッパ規模での捜索が行われるようになっていった。
DNAのミトコンドリアの特徴から、犯人は東欧あるいはロシア系の女性である可能性が高いとされ、更には1993年に起こった殺人事件からも同様のDNAが検出されたことで、長期的に犯行を重ねたシリアルキラーとして30万ユーロ(日本円にして3800万円近く)もの懸賞金が掛けられる事態となった。
異常
しかしこの事件、次第に明らかに辻褄の合わない事例が頻発するようになる。
- ザールフリュッゲンで起きた窃盗事件の犯人の少年が残したコーラの缶に付いたDNAから「ハイルブロンの怪人」と同じDNAが検出される。
- 強盗未遂事件で「ハイルブロンの怪人」と同じDNAが検出されるが、モンタージュや目撃情報がどう見ても男。
- フランスで発見された難民の男性の焼死体からも、「ハイルブロンの怪人」と同じDNAが検出される。
……おかしい。絶対に何かがおかしい。
いや、超常的な意味でのおかしさではなく、これ絶対検査に何か問題あるだろと。
真相
改めて捜査当局が調べた結果分かった事実。
それは、「ハイルブロンの怪人」とされるDNAの持ち主は、検査キットの綿棒を納入していた業者の女性だったというものであった。
「ハイルブロンの怪人」のDNAを検出した各国の綿棒は、全てバイエルン州に存在する同じ工場から出荷されたものであり、そこの梱包作業が素手で行われていたというのだ。
つまり、捜査前から業者のDNAが付着した綿棒で捜査を行い、当然業者のDNAが検出され、同一人物による連続殺人事件だ!と勘違いしていたのである。
更に、この綿棒はそもそもDNA検査を前提とした物では無かった事も判明した(化学実験用綿棒で最終的に滅菌消毒はなされる)。
これは「戦後のドイツ警察史上最もお粗末なミス」と批判を集め、当然捜査は全面やり直しとなったのであった(尚、女性にお咎めは無かった)。
しかし、この話笑い話で済むものでもない。
言うまでもなく各事件に被害者と個別の犯人が存在しそれらの捜査が行えていなかった上に、最初の警官殺害事件の犯人が移民排斥を目論み爆破テロ事件や連続殺人事件を起こした極右団体であった事が判明したのである。(銀行強盗での逃走中、それを諦め自殺した犯人が残した銃が最初の事件の銃であり、事件の犯人だと特定された。)
ネオナチが移民排除を名目としたテロ活動を行うことが確認されたのはこれが初めてのことであり、ドイツ全土は正体不明のシリアルキラーが存在しなかった事を安堵するより、この事実の方に震撼する事になったのであった。