ユーノスコスモ
ゆーのすこすも
1989年、第28回東京モーターショーでお披露目となった。
それから約半年後の1990年4月10日に晴れてデビューを果たした。
販売期間は1990年4月~1996年6月
開発主査 山本紘
エクステリアデザイナー 小泉巌
キャッチコピーは『クーペ・ダイナミズム』。
エンジンは従来の発展型である2ローターの『13B-REW』に加え、市販車では世界初となる3ローターロータリーエンジン『20B-REW』の2種類
そこに並列タイプのシーケンシャルターボ(日立製)と組合わせ、
13B-REWで最高出力230PS/6500rpm トルク30.0kgf·m/3500rpm。
20B-REWには280PS/6500rpm トルク41.0kgf·m/3000rpmというハイパワーエンジンが与えられた。
尚、シーケンシャルツインターボ搭載車として国産車初であり、後にトヨタ・スープラ、アリスト等でお馴染みの2JZ-GTEや、スバル・レガシィのEJ20でも採用される。
グレードはTYPE-E CCS TYPE-E TYPE-Sの3種
上級グレードのTYPE-E CCSには三菱電機と共同開発したナビゲーション『GPSS』を初め、当時としてはまだ珍しいタッチパネルでの操作を可能としたものである。
GPSを採用したカーナビはこれが世界初であり、その他オーディオやテレビ、エアコン等の操作パネルとして使える。
(既にサービスは終了しているが自動車電話もタッチパネルで操作が可能であった)
その他、電動チルトステアリング機能やパワーシート、スマートキー施錠、クルーズコントロールシステム等も現在の先駆けとも言える多彩な機能も装備されている。
(これはいずれもタイプE専用の物で、パワーシート以外はタイプSに装備されていない)
1991年 ル・マン24時間レース総合優勝を記念して13BグレードにTYPE-SXが登場。(後に20Bグレードにも追加)
黒革を基調としたハーフレザーシートやハードサスペンション、16インチBBSホイール(タイヤはP-Zero)トルセンLSD(13Bのみ)を装着されている。
1994年のマイナーチェンジでグレードが見直され、2ローターにもCCS(TYPE-S CCS)が追加されたが、1995年8月に生産終了。翌年にはモデルそのもの販売が終了した。
元々ル・マンやIMSAといったモータースポーツ等で活躍していた事もあり、相当スポーティーなエンジンだろうと想像するだろう、実際は低振動で非常に滑らかな加速感といった落ち着いたフィールが特徴であり、4リッターV8やV10といった高級車向けの仕様となっている。しかし速さはアリストV300等の直6ツインターボと同等の加速を誇る。
主に市街地走行を想定したラグジュアリーカーであり、低中速トルクを重視したエンジンなのはカタログ値で解る。
3000rpmで41.0kgf·mを引き出す為に、速度域で排気通路を変える4本出しマフラーや、FD3Sよりも異なる一回り小さいタービンを採用する等工夫がされており、
また13B、20B共にローターハウジングの排気ポートのカラーがFD3Sよりも狭い物を使用している。
試作車として自然吸気の20Bエンジンもテストしたが、1.5トンを超える車重とロータリーエンジン特有の滑らかな加速が船出感を出してしまい満足なデータを得られなかった事でシーケンシャルツインターボ採用に踏み切ったという逸話がある。
燃費は10モードで6.1km/Lだが、実燃費は4~7km/Lと然程差はない。
トランスミッションは電子制御4速オートマチック(EC-AT)を採用。
ロックアップスリップ制御、トルクダウン制御等の電子制御も甲斐あって極低速域でのトルク不足は解決されている。
又、ホールドモードにて4速セミオートマ操作が可能となっている。
開発当時はマニュアル車(恐らく5速MT)のみ計画をしていたが、既に全体の約7割 マツダ車でも9割とAT車で占めてあり計画は頓挫した。
サスペンションはフロントにダブルウィッシュボーン式 リアに2本のショックで構成したツインダンパーE型マルチリンクを装備。TYPE-E(前期、中期型)には乗り心地を重視したソフトサス、後期型は全グレード共にハードサスが採用された。
ブレーキには前後共にベンチレーテッドディスク、又、20B搭載車のみにハイドロリックブースター(4W-ABS)が設定されている。
トラクションコントロール、液晶を用いた透過率可変式サンルーフ等の採用も予定していたが、実現することはなかった。
(サンルーフ仕様は画像やベストモータリングの動画等で仕様が確認できる)
新車登録台数は8842台