概要
日本の伝承に伝わる、古くなった下駄が化けたとされる付喪神の一種。
古くなり打ち捨てられた下駄が化けて街中に出没する様になるが、若者に見破られて、同様に動き出した古道具たちと共に焼き捨てられるという内容で、宮崎県の寒風沢(現在の塩竈市寒風沢島)に伝わる話がよく知られている。
その昔、陸前(宮崎県)寒風沢のとある町を、夜中になると「鼻痛い、鼻痛い。」と不気味な声を立てて歩いていく者がいた。
不思議に思った村の若者たち5、6人が申し合わせて、ある夜にそっと声を合図に外へ出てみると、声はすれども姿は見えない。
そこで若者の1人が素性を突き止めようと声を追いかけて行くと近くの藪の中からワヤワヤと声が聞こえて来たので、何を相談しているのかそっと立ち聞きすると、人間とは思えない違った声で、「古蓑、古笠、古太鼓、つづいて古下駄、古破子(わりご:弁当箱)、どんどんぱきぱき、ばっさばさ」と歌い踊りなどをしている。そうかと思うと、一方の1人が「今夜は不思議な夜だから、やめろ、やめろ」と言って歌もやめてしまった。
この光景を見聞きした若者はにわかに恐ろしくなり、家に駆けこむとそのまま寝てしまったが、次の日にこの事を皆に語り、その晩に大勢で昨夜の場所に行ってみると、藪に中には古蓑やら、古笠や古太鼓の胴、古破子等々、海中から揺り上げられた数々の古道具が沢山集まっており、そこから少し離れた所に大きな片方の鼻緒が欠けた古下駄があった。
さては「鼻痛い」という声の主はこの古下駄ではないかと睨んだ若者たちは、下駄やほかの古道具たちをその場で一緒に焼き捨てた所、それからというもの、「鼻痛い」という声はぱったり聞こえなくなり、藪の中の歌や踊りも全くなくなったという。
また、佐々木喜善著『紫波郡昔話』には3つ眼の大入道の姿に化けて人を取って喰らってしまう下駄の付喪神の話が掲載されている。
昔、とある1人の旅僧がある村を訪れ一夜の宿を求めたが、村の掟で1人旅の者は泊めてはいけないことになっているので気の毒だがと皆に断られてしまうが、山岸に1軒の空き寺があるのでそこで良かったらという者がいたので、僧は有難くその申し出を受けて寺に泊まる事にした。
しかし旅僧は1人になると、どうも様子がおかしい、油断できないと思い始め、用心の為に鍋を被って炉端で暖まる事にした。
そこへ大きな物音と共に、3つ眼の大入道が現れ、旅僧の横に座ると「和尚さん、おはじきしよう」を言いながら、旅僧の頭をパチンと指ではじいた。
所が和尚は鍋を被っていたのでなんともなかったので、大入道は「大変硬い頭で御座るなあ」と言って大変驚いた。旅僧は「今度は私の番だな」と言っていきなり薪割の鉈で大入道の頭を叩き割り外へと投げ捨てた。
するとまた同様の大入道がやって来て先ほどの大入道と同じく「おはじきしよう」といって鍋を弾くので、旅僧も同じように「今度は私の番だ」と言って大入道の頭を叩き割って外へと投げ捨てた。
するとまたしても同じ様に大入道が現れたので、旅僧も同じようにし、3番目に現れた大入道も頭を叩き割って外へと投げ捨てた。それ以降は何物も現れる事無く、やがて夜が明けた。
村の若者たちが、あの旅僧も化け物に食われてしまったに違いないと言いながら様子を見に来ると、旅僧が無事だったので大変驚き、話を聞いた。そして投げ捨てられた大入道たちを確認すると、それはなんと大きな古下駄が化けていた物だったことが判明した。
以降旅僧は村人たちに請われてその寺の住職になり、平穏な暮らしを送ったという。