幽霊塔
ゆうれいとう
江戸川乱歩により、「講談倶楽部」昭和12年1月号から昭和13年4月号にかけて連載されたホラー小説。ホラーといっても、厳密には推理小説や恋愛小説の要素も多分に含んだ物語である。
原作は黒岩涙香の同名小説で、そのまた原作はアメリカのベンディスン夫人の「The Phantom Tower」であると涙香本に記載されていた。しかし、乱歩はどう捜してもその原作に辿り着くことができず、結局涙香の翻訳のみにもとづいて改作をしたため、原作は未読だったと後書に記している。後に涙香の情報は完全なデマであり、真の原作はアリス・M・ウィリアムスンの「灰色の女」だったことが判明した。
大正4年、長崎の片田舎にそびえる古い時計屋敷には、徳川時代の亡霊に纏わる宝の伝説が囁かれており、人々から「幽霊塔」と呼ばれていた。
屋敷を買い取った叔父の命を受けてやって来た北川光雄は、そこで時計塔の動かし方を知る謎の美女、野末秋子と出会う。光雄は秋子に一目惚れし、その美貌と人柄に惹かれるが、不可解な言動の多い彼女に不審感を募らせる。やがて奇妙なことに、光雄達が時計屋敷を訪れてからというものの、屋敷では数々の不可思議な事件が巻き起こるようになった。
大富豪の西洋館に突如襲来する猛虎、夥しい数の蜘蛛が蠢めく恐怖の屋敷、そして曰く付きの不気味な「幽霊塔」。あらゆる怪奇な体験をしていくうちに、光雄は秋子の持つ恐ろしい秘密を知らされることになる。
野末秋子
ヒロイン。とても気立てが良く、上品で愛想の良い女性の閨秀作家。光雄の好意については満更でもないような素振りを見せる。目も眩むような絶世の美女だが、どこか作り物のような面影を纏っている。左手首の手袋を肌身離さず身につけており、決して素肌を見せようとしない。時計屋敷に纏わる「どうしても果たさなければならぬ使命」を帯びていると光雄に話し、不可思議な態度を取る。
長田鉄
6年前まで時計屋敷を所有していた強欲な老婆。同居していた養女に殺害され、事件は「幽霊塔」の怪談のひとつとして知られるようになった。死の間際、養女の手首に喰いついて口を血みどろにして息絶えたという。
渡海屋市郎兵衛
幕末期に九州で名を馳せていた大富豪。機械いじりが好きでとりわけ時計に惹かれ、当時長崎に来ていたイギリス人と協力して時計屋敷を建てた。しかし、屋敷の完成と同時に渡海屋が失踪し、一族はたちまちのうちに零落してしまった。噂では、渡海屋は元々金銀財宝を隠すために屋敷を建て、時計塔の地下に大迷宮を作ったが、宝を運びこんだ後に迷ってしまったらしく、現在では渡海屋の怨霊が声を立てて屋敷を彷徨うという「幽霊塔」の怪奇譚として語り継がれている。
宮崎駿は少年時代に本作を愛読していたといい、涙香版や原作「灰色の女」及びそのインスピレーション元となった「白衣の女」まで網羅するなど、大ファンを公言している。2015年に岩波書店から本作が発行された際はカラー口絵を寄稿し、同年に三鷹の森ジブリ美術館で「幽霊塔へようこそ展ー通俗文化の王道ー」と題した企画展示を開催している。口絵の中で宮崎は本作の絵コンテなども詳細に描いているが、「えいがはつくりません」と小さく記している。
「幽霊塔」は宮崎に多大な感銘を与え、特に「ルパン三世カリオストロの城」の製作では、本作の影響が色濃く反映されていることで知られている。
「ワシは子供の時に乱歩本で種をまかれた。妄想はふくらんで画工になってからカリオストロの城をつくったんだ。70才をすぎてはじめて『灰色の女』をよんでおどろいた。自分が知らずに原作の方へもどろうとしていたとわかったのさ。」
宮崎駿(「幽霊塔」カラー口絵『通俗文化の王道 読むべし幽霊塔』)