概要
八条宮智仁親王の王子、母は京極常子、皇族時代は忠幸王、その後臣籍降下をして源忠幸、広幡家を創始。
プロフィール
時代 | 江戸時代前期 |
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生誕 | 寛永元年(1624年) |
死没 | 寛文9年閏10月16日(1669年12月9日) |
改名 | 忠幸王→源忠幸→広幡忠幸 |
官位 | 正三位、権大納言 |
主君 | 霊元天皇 |
氏族 | 広幡家 |
父母 | 父:八条宮智仁親王、母:京極常子 |
妻 | 正室:京姫(徳川義直の娘) |
子女 | 新君、定姫、智姫、園姫、清姫、養子:豊忠 |
経歴
正親町天皇の曾孫でその後尾張藩徳川義直の娘京姫と婚約、慶安3年(1650年)に元服、その後京都を出発する。2月13日に名古屋に到着し、名古屋城に住む、1663年(寛文3年)に霊元天皇から臣籍降下をし源の姓を贈られ、源忠幸と名乗る。同年に広幡の家号を与えられた。その後権中納言、権大納言に就任した。