概要
中学卒業後に高砂部屋に入門し、1984年春場所で幕下優勝後、夏場所で新十両。同年秋場所からは新入幕と好調に進み、三賞6回・敢闘賞5回と活躍。
1988年夏場所の霧島戦は3回も取り直しになった名勝負と謳われた。
1992年名古屋場所での初優勝の際は苦楽を共にした当時大関の小錦がパレードの旗手を務めた。
現役時代は豪快な塩撒きで有名で海外公演ではソルトシェーカーと紹介された、その他に走る超重機とも呼ばれた。
初代ソルトシェーカーとして2代目ソルトシェーカーの北桜に、塩撒きを指導した。
2000年秋場所で引退、年寄・錦戸を名乗った。