概要
相互確証破壊は、核保有国同士が、互いに相手国が耐え難いほどの報復能力を有する事によって、先制核攻撃に対する抑止力とする概念である。
1965年に米マクナマラ国防長官によって提唱されたもので、簡単に言えば「報復によって自らも確実に破壊される状況では、どんな目的であっても自らの被害に釣り合わないため先制核使用は出来ない」という理屈であり、実際に今のところはうまく抑止力として機能している(もっともマクナマラ自身のマクナマラの誤謬で知られるように、「理屈の上では」は必ずしも完璧なものではなく、実際のところ未来永劫機能する概念なのかは分からない)。
必要とされる能力
単に核兵器を保有しただけでは相互確証破壊は達成出来ない。例えば、保有数が限られていたり、先制攻撃や迎撃等によって報復能力を失う可能性がある場合には、相手側に報復を受けるリスクや被害を許容する余地が生まれるため抑止力は弱まる。
そのため相互確証破壊では「確実に」「耐え難いほどの」というのが重要であり、十分な数の核弾頭、潜水艦発射弾道ミサイルの運用が可能な戦略原子力潜水艦、命令発令から数分以内に発射可能なICBMを備える地下ミサイルサイロ、精密かつ高い柔軟性を持ち核攻撃時はスクランブル発進で上空退避が可能な戦略爆撃機など残存性の高いプラットホームや投射手段、攻撃下発射能力や警報即発射能力などによる即応性の向上が求められる。
ソ連-ロシアでは核爆発を検知した場合に、指揮系統に依らず報復攻撃を行う「死の手」と呼ばれる自動報復システムを運用しているとされ、報復の確実性を担保している。
相互確証破壊に必要な3要素
大陸間弾道ミサイル(ICBM)
核戦争の第一撃、あるいは敵の攻撃が着弾する前に撃ち返す段階で使われる。射程は6000kmを超えることが前提となる。各地に点在する地下ミサイルサイロに配備されており、常に発射できる体制が維持されている。初期のものは宇宙ロケットよろしく地上発射台にセットして燃料供給、カウントダウンからの発射という非常に手順が多くもどかしいものであったが、現代の物は攻撃命令が発令されてから数分以内に発射が可能。またロシアでは車両を用いた移動式プラットフォームも運用しており、隠蔽、掩蔽が容易になっている。
戦略爆撃機
B-52やTu-95などの爆撃機が該当。弾道ミサイルが実用化される前はこちらがメインだった。搭載するペイロードは主に核弾頭を積んだ巡航ミサイルだが冷戦時はALBM(航空機発射弾道ミサイル)も開発されていた。敵地に直接乗り込む形になる為攻撃する際はまず防空網を突破しなければならず、弾道ミサイルに比べると確実性は劣るがピンポイントで目標を攻撃することができ、また何かあったら目標を変更したり攻撃を中止して引き返すこともできるなど柔軟性がある(弾道ミサイルは最終段階での終末誘導が困難である為精密攻撃には向かない上最終段階では目標の変更もほぼ不可能。また1度発射してしまうともう後戻りはできない)。まず防空網の突破が課題になる為初期は「戦闘機が届かない高高度を飛ぶ」、「超音速で突破する」やり方が主流だったが、レーダー網と強力な地対空ミサイルが整備されると「ステルス性を生かしつつ高速でレーダー網を掻い潜りながら低空で侵入する」やり方が主流になった。もし出撃命令が発せられるとスクランブルがかかり、着弾前に数十秒間隔で離陸していく(先発機から発生する乱気流をモロに受ける為極めて危険な行為である)。その際には離陸支援にあたった整備員などの基地要員はもちろん、搭乗員の家族さえも地上に置いて離陸する。
戦略原子力潜水艦
原子力機関から生み出される無尽蔵なエネルギーによる長い航行距離とほぼ無限の潜行時間を生かし、発見が困難な海中からSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)で攻撃する。海中に潜んでいる為上述した二つとは違って核攻撃後も生き残ってる可能性が高く、生存性が極めて高いのが特徴。攻撃命令が発令されれば敵国の沿岸部まで接近してSLBMで攻撃する。段階的にはICBMや爆撃機による攻撃が終わった後の第二派段階、あるいは先制核攻撃によってその二つの機能を喪失した際の報復核攻撃がメインである。つまりこの時点で本国は回復不可能なダメージを負っているか、滅亡していることになる。このプラットフォームの完成をもって、相互確証破壊は完成した。
国家間で相互確証破壊が成立している例
現在のところ、米国とロシア間で完全な相互確証破壊が成されているとされている。
米国と中国間では、弾頭やICBMの保有数、戦略原潜の活動範囲、米国のミサイル防衛システムなどの要因によって中国側の投射弾数、手段が限られており、確証破壊(assured destruction)ではなく確証報復(assured retaliation)と呼ばれる中規模の報復能力に留まっている。ただし、中国が核戦力の増強を進めた場合、2030~40年台には完全な確証破壊能力を有する可能性がある。
中印間、印パ間は国境同士が陸続きである為米露間や米中間のような大陸間攻撃兵器や戦略原潜の必要性は薄く、メインは攻撃機レベルの小型航空機に搭載可能な戦術核弾頭、SRBM(短距離弾道ミサイル)、MRBM(準中距離弾道ミサイル)であり、長くてもIRBM(中距離弾道ミサイル)程度である。ただインドは戦略原潜を建造するなど今後の核戦略が大きく変化する可能性もある。
戦術面での相互確証破壊
上述したのは主に戦略面での側面が強い。一方で、ヨーロッパなども陸続きの場合は戦略核弾頭よりも戦術核弾頭の方が比較的好まれる側面もある。フランスやイギリスは戦略原潜を保有しているものの、島国でアメリカの核の傘に入ってるイギリスに対して、陸続きで独自路線を行く傾向があるフランスは戦闘爆撃機に搭載する戦術核爆弾を空軍と海軍で運用している。
また冷戦時NATOは、数に物を言わせて押し寄せてくるソ連を中心としたワルシャワ条約機構の機械化歩兵部隊を通常戦力で止めることは不可能と見ており、侵攻開始から10日でパリが陥落すると見積もっていた。その際の対処法としてヨーロッパ各主要都市に戦術核弾頭を使用して一掃することが想定されていた。これはニュークリア・シェアリングと呼ばれる制度でアメリカが保有する戦術核をヨーロッパ各国の軍隊が使用し、自国領内に投下するという恐ろしい方法だった。