概要
「失顔症」とも。
脳の障害の一つで、相手の顔をその個人の顔として認識できない症状である。
「相貌失認」という病気そのものがあるというよりは、何らかの障害や病気の症状の一つというのが正確である。
相貌失認を持つ人は、例えば目や鼻などパーツごとでは知覚できていても、顔全体を見た時にそのパーツが総合されて「顔」になることが認識できなくなってしまい、個人の顔を識別するのが困難になる。
これは視力が低い、相手をよく見ていないといった視覚の問題や、相手に関心がなく覚えていない、見たものを覚えるのが苦手といった記憶力の問題ではなく、知覚したものを統合して記憶する能力の問題である。
先天性のものと、脳出血や脳梗塞などが原因の脳の損傷(高次脳機能障害)による後天的なものに分かれる。
このうち先天性相貌失認の有病率は人口の2%と推計されており、さらに症状の特性から気が付かれにくい側面もあるため実際にはもっと多いと見られている。
発達障害など、他の先天性の脳機能障害と併発しているケースも存在する。
ハリウッド俳優のブラッド・ピットは、2013年にアメリカの男性誌のインタビューで「人の顔が覚えられないため、多くの人に失礼な人間だと思われているだろう。(インタビュー時点では)未診断だが、おそらく相貌失認であると自分では考えており、検査を受ける予定だ」と告白しており、これをきっかけに相貌失認について知ったという人も多いのではないかと思われる。
漫画のキャラクターでは、例えば『荒川アンダーザブリッジ』のニノは「1日会わないと相手の顔を忘れてしまう」という相貌失認を思わせる描写がある。
また、刑事ドラマの『相棒』やゲーム『逆転裁判6』などでも相貌失認を扱ったエピソードがある。
どういう風に見えているのか
「知覚しているのに認識できない」という症状は「失認」という。相貌失認の場合個別のパーツに注目すれば、ひとつひとつは認識できるが、それら全てを総合した「顔」として見ることが出来ないというものである。このため、人の顔が区別できず、覚えるのも困難となってしまう。さらに、男女の顔による区別や、表情の判別を苦手としているという人も多い。
薬学者で、記憶力など脳科学系の書籍も執筆している池谷裕二は自身が相貌失認があることを公表しており、「道端の石コロに名前が付いていて、微妙な形を区別しながら覚えていくといえばイメージが湧きますか?」と症状について説明している。
症状には軽度のものから重度のものまであり、軽度の場合は単に物覚えが良くない、人見知りで顔をあまり見ていないだけと周りから思われている(また、当事者自身も単に記憶力が足りない、注意が向いていないだけだと考えている)ことも多い。一方で重度の場合は一緒に過ごす家族や、写真に写った自分の顔すら判別出来ない人もいる。→参考
また、相貌失認を持つ全ての者が日常生活が出来なくなる程の症状を持っているわけではないので、周囲を取り巻く状況によっては本人すら気付いていない場合もある。
どのように人を区別しているのか
人間は顔以外の要素でも相手を区別できるようになっている。具体的には声や仕草、身長や体格、髪型や服装などを判断材料にすることで認知を補っている。このため、本人の顔はあまり覚えていなくても、それ以外に「あの時あんな服を着ていた」「こんな声で話をする」といった形で人のことを覚え、認識することができる。
しかしそれでも全く困らないというわけではなく、相手が大きく容姿を変えるようなこと……例えば、「黒髪で、白っぽい服をよく着ている、眼鏡をかけている男性」として認識・記憶した人が、いわゆるイメチェンを図った結果「金髪で、黒っぽい服を着ており、コンタクトをつけている男性」となって現れたとき、相貌失認の人は顔の印象を把握していないため、すぐには相手を認識できなくなってしまう可能性がある。
また、実際に顔立ちは全く違っていても、服装や話し声、体格などの全体的なイメージ、雰囲気の似た人物がいるときも混乱してしまう可能性がある。
現実の人間以外にもアニメキャラなどの認識が苦手という人もいるが、逆に顔以外のパーツにも特徴があり、声で区別がつきやすく、大幅な容姿の変化が少ないことから、アニメキャラの方が覚えやすいというケースもある。
当事者の中には「イケメン(整った顔立ちの人)の顔はよく覚えられないが、パーツやその配置が特徴的な顔の人は覚えやすい」として「覚えやすい顔=認識しやすい顔」があるという人もいる。→参考