概要
高次脳機能障害とは、病気や事故などにより脳に損傷を受けたときに起きる後遺症。
損傷があった部位によって、出現する障害はさまざまである。
脳卒中(脳梗塞や脳出血など)のような病気による損傷のほか、事故などで頭に強い衝撃を受けたことによるもの(脳外傷)もある。また、感染症による脳炎や自己免疫疾患などが原因の炎症、脳周辺にできた腫瘍、心臓疾患や窒息による低酸素脳症などでも起こる。脳機能に悪影響を及ぼすアルコールや薬物の依存症も原因となりうるほか、ホルモン異常(腫瘍に伴う脳下垂体ホルモン異常など)、特定のビタミンの欠乏症のような栄養障害の症状として起こることがある。
一般的には「成人して、日常に必要な動作や知識が普通に身につけられている人が負ってしまった後遺症」のことを指すが、未成年(18歳未満)でも乳幼児でない限り同じように高次脳機能障害として扱われることが多い。なお、18歳未満で発症した中で、知的能力の発達に影響が出ている場合は知的障害の一種に含まれる事となる。
症状
主となる症状
国立障害者リハビリテーションセンターの内部組織である高次脳機能障害情報・支援センターは、「学術用語としては、脳損傷に起因する認知障害全般を指し、失語・失行・失認のほか記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが含まれます。」と説明している。
このうち失語・失行・失認について簡単に説明する。
失語
言葉が出にくくなる症状。脳の中で言語を司る言語野が損傷を受けることによって起こる。
実際には語彙や文章の組み立て方はわかるのに、物の名前が出てこなかったり、周りの話や文章の意味が理解できなくなってしまう障害である。
流暢には話せないが、言葉の意味や文章の構成はわかるタイプと、流暢に話せるが話している内容はめちゃくちゃになってしまうタイプに分かれる。
口周りの筋肉や声帯などの機能に障害が出るため声が出せなくなる「構音障害」や、脳の意識を司る部分の障害で話す内容が支離滅裂になってしまう「意識障害」とは異なる。
失行
複雑な作業や高度な技術が求められる作業を行うにあたって、一つ一つの作業はできても作業を連続したものとして構築し、施行することができない症状。
身体的には作業を行うことができる能力があるにもかかわらず、動作を一連のものとして続けられなかったり、順序が覚えられなかったりする障害である。
一つの動作の「やり方」だけ思い出せないという人や、先述の失語とは別に、言葉を話すときにどうやって口の形を作るか、舌の位置はどこにすればいいか、と言ったことが分からず話せなくなってしまう言語失行の人もいる。
失認
物を捉える認識の機能が衰える症状。
手で触った感触で物を認識できない、「見えている(視界に入っている)」のにものが認識できない、「聞こえている」のに何の音かわからない、といった、知覚ではなく認知機能の障害であり、損傷した場所によって症状が分かれる。
「見えない障害」
脳機能や視覚・聴覚などの障害、精神疾患などは身体の「内側」に障害が起こっているため「内部障害」と定義されるが、身体の「外側」に障害が起こっている障害、たとえば「足が動かないので車椅子に乗っている」「片方の腕がないので義手をしている」などの肢体不自由とは異なり、症状やその程度が他者からは分かりにくいため「見えない障害」と呼ばれる。
また高次脳機能障害は認知機能に影響が出ることから、当事者でありながら「自分が病気である」「病気のせいでできなくなっていることがある」という認識(病識)が持てないという人も少なくないという点でも「見えない障害」と言える。本人は自分を普通だと思っているのに、生活が今までのようにはいかず、周囲のサポートとすれ違ってしまうということもままある。
さらに、情緒をコントロールする機能がうまく働かないことで、些細なことで怒ってしまったり、すぐ悲しくなってしまったりといった状態(感情失禁)になり、抑うつ、パニックなどを起こしてコミュニケーションが取りにくくなる場合も多い。
これらに加え、注意が散漫になる、うまく行動の段取りをつけられず時間や約束を守れない、記憶が曖昧になる、というようなことまで幅広い症状が見られ、日常生活を円滑に送ることが難しくなる。
治療
治療・リハビリテーションとしては、主に作業療法や言語療法が用いられる。
発達障害や一部の精神疾患、認知症にも似た傾向が見られることから、治療の過程で近いアプローチが取られることもある。なお、認知症とは「進行しない」という点が異なるが、併発することもある。
脳そのものの損傷のため絶対に完治するとは言い切れないものの、治療により症状が回復することはある。
障害者手帳については、手足の麻痺や言語障害、視野の障害がある場合身体障害者手帳、記憶など認知機能、行動障害などがある場合は精神保健福祉手帳の対象となる。
高次脳機能障害を扱った作品
主に当事者による体験記。
脳出血・脳梗塞により高次脳機能障害を負った医師・山田規畝子の書籍をコミカライズしたもの。作画は成瀬京子。山田は本作を執筆するまでに3回の脳出血を経験しているが、2018年には4度目の脳出血で倒れ、2024年現在もリハビリ生活を送っている。
脳梗塞で倒れ、高次脳機能障害を負ったルポライター・鈴木大介による書籍。同シリーズに「脳は回復する」と題した治療日記がある。なお、鈴木の妻は発達障害(また悪性脳腫瘍も経験している)であり、鈴木本人も「後天的にほぼ同一の障害を抱えることとなった」と言及している。
脳動脈瘤破裂が原因のくも膜下出血で、高次脳機能障害を負った作業療法士兼漫画家・藤田貴史による漫画。上記の山田規畝子から推薦を受けている。