概要
藤原道長の次男、母は源明子(源高明の娘)、官位は従一位、右大臣、中御門流の祖。
経歴
寛弘元年(1004年)に従五位上、寛弘8年(1011年)に従三位、長和3年(1014年)に権中納言となる、治安元年(1021年)に権大納言、後に右近衛大将、永承2年(1047年)に内大臣、康平3年(1060年)に右大臣に進んだ、後に出家して康平8年(1065年)に死去。
人物
歌人として有名で『後拾遺和歌集』に41首が採録された。
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