概要
原作では第184訓「親の心子知らず」から186訓「借りたものは返せ」まで連載。アニメ版では第107話と第108話にて放送された。
ゲストキャラクターの中では人気の高い中村京次郎が登場したエピソード。同作では珍しい鬱展開が描かれた短編であり、その救いの無い展開が読者に深く印象付けられた。
ストーリー
万事屋はとある仕事の依頼を引き受ける。いきなり高級車で出迎えられたことや、依頼先が立派な屋敷だったことから「幕府の高官かなにかの依頼かもしれない」と期待に胸を膨らませる万事屋たちだったが、そこは「魔死呂威組」という名の極道一家の屋敷で、今回の依頼主こそそこの組長である魔死呂威下愚蔵であった。
やばい仕事なのではないかと半信半疑だった銀時達だったがその依頼というのは「5年前に蔵に引きこもってしまった一人息子の鬱蔵を蔵から出してもらいたい」という意外なものだった…。
登場人物
・魔死呂威下愚蔵(ましろい かぐぞう)
CV:内海賢二
魔死呂威組の組長。今回の仕事の依頼主。跡取りである息子の鬱蔵を蔵から出すために銀時達に協力を頼んだ。鬱蔵を溺愛していたが、その一方で彼が極道に向いた性格ではないこと、組を継ごうとしないことには頭を悩ませていた。実は病で余命幾許も無く、依頼を頼んだのも自らの死期を悟ってのことだった。
・中村京次郎(なかむら きょうじろう)
CV:松風雅也(青年時)、須藤絵里花(幼少時)
魔死呂威組の若頭で下愚蔵にとっては義理の息子のような存在で、鬱蔵からも実兄同然に慕われていた。かつては狛犬の京次郎と呼ばれた身寄りの無い悪童だったが、魔死呂威組に捕まった際に彼を気に入った下愚蔵に引き取られ、以降は鬱蔵と共に兄弟同然に育つ。
鬱蔵との関係は良好で下愚蔵をして「鬱蔵のことについてはわしよりも詳しい」と言われるほど。組員たちからも兄貴と呼ばれ信頼されている。
・魔死呂威鬱蔵(ましろい うつぞう)
CV:逢坂力(青年時)、石川綾乃(幼少時)
下愚蔵の一人息子。本来ならば組の跡取りとなるはずだが、気弱で大人しくお世辞にも極道に向いた性格をしていない。それは京次郎からも理解されており、引きこもる以前は自分なりに堅気として一生懸命働いていた。
しかしある出来事をきっかけに蔵に閉じ籠もってしまった。それでも蔵から出される筆談によるメッセージのおかげで生存は確認できていたようである。
以下ネタバレ。未読の方、アニメ未視聴者は注意。
鬱蔵が引きこもってしまったのは、息子を諦めきれなかった下愚蔵が、鬱蔵の仕事先に押し込みを繰り返して鬱蔵を解雇させ、無理矢理連れ戻したため。
(この件に関しては、鬱蔵が自分なりに努力していたのを知る京次郎も、内心下愚蔵に怒りを覚えていた)。
それに加え、鬱蔵は以前から父が自分よりも京次郎の方に関心があった事への劣等感や、極道の世界への厭悪から、父に対して心を閉ざすようになってしまった。そして解雇の一件で鬱蔵は将来に絶望し、京次郎の説得にも耳を貸さぬまま蔵に引きこもった末に首吊り自殺。既にこの世を去ってしまっていた…。
万事屋に依頼して息子と向き合うことを決めた下愚蔵だったが、京次郎の「もう遅いわい」と言う言葉通り何もかも手遅れだったのである。
その事実を唯一知った京次郎は大事にならないように鬱蔵の遺体をその場で埋葬し、何人か協力者を集め何日か毎に交代で鬱蔵のフリをして蔵で生活するよう指示していた。結果として自らが組に迎えられたことによって鬱蔵を死に追いやってしまったこと、彼の自殺を止められなかった責任を感じていた京次郎はあえて組員たちに「若はワシが殺した」と自ら罪を被っていたのだ。
下愚蔵が病院に搬送された後、真実を知った銀時を口封じに殺そうと、京次郎と組員は数人がかりで彼に攻撃を仕掛けるも、川に身を投げる形で銀時は逃亡。「あの傷ならそう長くは持たない」と銀時の捜索はさせず、その直後に下愚蔵死去の連絡が入った。
意識が朦朧としながらも死の直前まで「鬱蔵は、いないのか…」と呟いていた下愚蔵だったが愛息子との再会が叶う事は終ぞなかった。
下愚蔵の訃報はその後同盟組織にも伝わり、京次郎が組を継ぐかに思われたが、実際には「京次郎が鬱蔵を殺し跡取りの座を奪った」というデマが既に広がっていたことから、他の組は最初から京次郎に組を継がせる気が無かった事が判明する。
葬儀の数日後、同盟組織立ち会いの下で襲名披露をするという建前で京次郎を暗殺し、組を乗っ取るというのが同盟組織の肚であった。
アニメ版では病院から戻った新八と神楽の2人に京次郎は銀時が一晩経っても帰宅していないことを詰問されているが軽くあしらった末に体良く屋敷から追い返している。
襲名披露当日、いつの間にか忍び込んでいた銀時に京次郎は逆襲される。だが既にその時、屋敷の周りは同盟組織の手の者に囲まれており、京次郎も自身が裏切りに遭うことは疾うに勘付いていた。
下愚蔵も鬱蔵も失った彼は「もう護る者など何もない」という虚無感から、自ら殺される道を選んだのである。「てめーここに、死にに来たんだろう」とそれらを見抜いていた銀時に助けられるも、急所に流れ弾を受けたことで京次郎は致命傷を負ってしまう。
銀時に背負われながらも、自分の死体は路地裏にでも捨てるよう銀時に頼む京次郎。その境遇と心意気に胸打たれた銀時は、「てめーは野良犬なんかじゃねえ、気高い狛犬だ」と京次郎に伝える。それを聞いた京次郎は涙を流す。
そして下愚蔵が眠る魔死呂威家の墓前には、安らかな笑みを浮かべて事切れた京次郎の姿があった…。
銀魂の短編では割とある人情話でありながらも、親と子の悲しいすれ違いによる死別と、それに関する汚名と罪を背負って死んでいった若頭の葛藤と苦悩が描かれるなど、
銀魂短編の中では稀有な暗いエピソードと言える。
数少ない救いと言えるのは、息子の死を知らずに下愚蔵が逝ったこと、京次郎が銀時一人だけにでも己の献身を知ってもらえたことだろうか…。
下愚蔵が鬱蔵を無理やり連れ戻したのは彼なりの純粋な親心からだったからと思われるが、いつ恨みを買って背中から刺されるかわからないような世界である裏社会で生きるのを心底嫌悪する息子の気持ちを無視してまで組を継がせようとした行為は親としても人間としても決して褒められたものではないしこれに関しては(下愚蔵自身も決して罪悪感がなかったわけではないとはいえ)ほぼ擁護不可能としか言いようがない所業である。本当に息子を想うのなら堅気として生きて行きたいと願う息子の背中を押してやるべきであっただろう。
親に自らの気持ちをなんとしても理解してもらおうと言う強い意志がなかった鬱蔵にも非がないわけではないが、自分で見つけた職場に嫌がらせをされ、ましてや関係のない職場の人間にまで迷惑をかけられた末に連れ戻されたら、親に完全に愛想を尽かしてしまうのも当然の話であり、「当てつけに自殺する」以外に親への反抗を示す事が出来ない程、鬱蔵は追い詰められていたとも言える。
嫌がらせの一件で解雇されただけでなく、この件が周囲に知れ渡って鬱蔵はどこにも就職できなくなっていた可能性も十分あり得たため「堅気として生きていきたい」という鬱蔵の願いは完全に潰えてしまっていたと言える。
総じてこのエピソードにおける悲劇の原因は、ほぼ身勝手な親である下愚蔵にあると言って良く、前半のタイトルこそ「親の心子知らず」であるが、実際は「子の心親知らず」なエピソードであった。