里見弴(さとみとん)は日本の小説家。
最後の白樺派作家として名高い。
白樺派作家の例に漏れず、弴の実家である有島家はたいへんな富豪である。
弴も幼少期、のちに戦後最初の総理となる皇族・東久邇宮稔彦兄弟の勉強相手をつとめたこともあるセレブ一家であった。実兄に小説家の有島武郎、画家の有島生馬、甥に俳優の森雅之がいる。
ただし、弴自身は戸籍上、母の実家・山内家に養子に出ているため、本名は山内英夫。
ペンネームの由来は、電話帳を適当に開いてペンで「トン」と突いたら里見という名字だったため、などの逸話がある。
しかし本人の書いた「私の履歴書」によれば、「トン」の音から「弴」の名が生まれたというのは「世間の言った悪洒落」。
それによると、名字の「里見」は巷間言われるとおりだが、弴という字はちがう。
名字を電話帳で選んだあと、名前を決めようと辞書をさがし、そこで「えゆみ」の語感が気に入り採用したという。なお、弴という字を検索候補に出しにくいために、「里見とん」と紹介しているようなサイトや書籍もあったりする。
断じて淳ではない。
概要
1888年の明治生まれだが、1983年に94歳で生涯を閉じるまで、文壇の第一線で小説を書き続けた白樺派の一人で、そして明治の文豪でも飛び抜けて長寿を全うした一人である。
志賀直哉と親しく、明治末から吉原遊びを教わるなどしてともに遊び歩き、文学に励んだ。
『君と私と』『善心悪心』などはその時のエピソードをモチーフにしたもので、特に『善心悪心』は里見初期の代表作として知られる。
志賀との逸話は、大正5年~大正12年の絶縁も、つとに知られている。後年復縁し、志賀の葬儀委員長を務めるなど、生涯親友であり続けた。
大正2年、修行のために大阪へ向かい、数年滞在。
このとき、下宿先の娘と恋に落ちる。彼女は芸者として働いていたため有島家の反対をうけるが、弴は親を押し切り、莫大な身請け金をはらって正式な妻として迎えた。
大正3年、夏目漱石の誘いで朝日新聞に短期集中連載を持ち、商業作家としてデビュー。
みるみる頭角を現わし、大正文壇の中核をになう人気作家となった。
軽妙な展開ながら、緻密な人間観察や心理分析を活かした、生き生きとした細かい描写を得意とした。作品主題として「まごころ」があげられる。ことに会話のうまさには定評があり、卓越した技巧から、「小説の名人」「職人」「小説家の小さん」などの異名を持つ。
このころから、志賀と絶縁したためもあって、雑誌白樺とは距離を置く。
家が斜め向かいであった泉鏡花と親交を結び、師とあおいだ。
昭和7年からは、山本有三の招聘をうけて明治大学文学科で教授をつとめる。
その翌年、麻雀で賭博していたことが発覚。
不良華族事件の捜査に巻き込まれたものであった。
弴はあくまで内輪の遊び程度の金額であるとして抗議したが、久米正雄や吉井勇、中戸川吉二らとともに連行され、罰金を科された。マスコミは「文士の堕落」などと大いに騒いだ。
菊池寛のはからいで翌日帰宅。
しかしもともと文壇に麻雀を流行らせたのは菊池であったため、翌年、菊池寛・山本有三・直木三十五なども賭博で逮捕された。
幼少期に鎌倉で育った経験から、鎌倉をこよなく愛した。
関東大震災のあとから鎌倉に居を求め、そののち続々と文士たちが鎌倉へ転居した先駆けとなったので、「鎌倉文士のはしり」と言われることがある。
戦後も鎌倉に住み続け、川端康成と意気投合し鎌倉文庫を設けた。大佛次郎や堀口大學らとも盛んに交流した。
戦時中、「原田熊夫文書」を整理・加筆する。
原田は弴の幼なじみで、西園寺公望首相の秘書を務めていた。
西園寺の動静をこまかくメモにしていた原田は、開戦へいたったプロセスを後世に残すことを期して、弴に依頼したのだった。
作業は軍部に見つからぬよう極秘裏に行なわれ、弴は家族にも伝えていなかった。
終戦をむかえた後は、GHQから軟禁状態に置かれながら補訂作業を進めた。
この記録は東京裁判の資料としても採用された。昭和25年、丸山真男らの協力を経て『西園寺公と政局』として出版され、近代史の重要な記録となっている。
そののちも名作が多く、『恋ごころ』と『五代の民』で読売文学賞を受賞。
昭和34年には文化勲章を受勲。
古き良き時代の面影を残す作家として、「最後の文士」と称されることもあった。
映画監督小津安二郎と親交を結ぶ。
弴が世を去った1月21日は「大寒忌」と呼ばれる。
現在、出版物は軒並み絶版している。
著作権が存続しているため青空文庫にも収録がなく、手に入りにくい状況が続いていた。
2009年に講談社文芸文庫で『恋ごころ』が、2015年に岩波文庫で『多情仏心』が再販された。2023年には『里見弴 小津映画原作集-彼岸花/秋日和』、『君と私-志賀直哉をめぐる作品集』が中公文庫から立て続けに出版されている。
モデルにした人物
里見弴で検索してもこれに関するものしかない。
代表作
- 善心悪心
- 椿
- 多情仏心
- 恋ごころ
- 五代の民
など