次のような話が伝わっている。
雫石村の某所(あるいはヌマガエシ)に大変美しい娘が暮らしておりました。
この娘が年頃を迎えたある日の事、毎晩何処からともなく見知らぬ若い男が通う様になりましたが、男は一言も言葉を発しないので不審に思った村人達は娘にそれとなく忠告し、娘も不審に思って男に「貴方様はどこの人なのですか」と尋ねましたが、男は全く返事をしません。この事は娘の両親も知っており、不審に思っていました。
ある晩、娘の両親は家の軒下から何者かの囁き声が聞こえてきました。
気になった2人は耳をそばだてて聞いてみると、声の主は「俺も長年の望みが叶って、人間の胎内に種子を下ろす事ができた」と話しています。
そして、もう1人の声が「それは良かった。けれどもしお前の素性が知られたら大変だ。おろされてしまうかも分からないぞ」と応じているのです。
またそれに応えて「いや、それは大丈夫だろう。誰にそれが分かるものか」「いやいや人間というものは知恵があるから油断出来ないぞ。もし五月節句の五色の薬草を煎じて飲まれでもしてみろ。胎内の子供は自然に水になってしまう、それが至極なさけない……」と言葉を交わしているのです。
それを聞いた両親は心底驚き、早速耳にした薬草を煎じて娘に飲ませました。そのおかげで、娘には何事も起こる事も無く、平穏な毎日を過ごす事が出来たのでした。
尚、後に分かった事ですが、毎晩通っていた男の正体は近くの沼に棲んでいる古鰻で、後で戸の桟を確認した所、そこに鰻の油がべっとりと付着していたそうな。
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