概要
ホンダ系列の「ホンダ・エアクラフト」が開発した、ジェットビジネス機。
機体とエンジンの両方が自社開発という珍しい航空機でもある。
コンセプトは空飛ぶシビック。
なお、ホンダの名前から勘違いされがちだが、生産と販売はアメリカで行っている(日本はだいたいこいつのせいでビジネス機の需要が少ないため)。よって「日本の国産機」というよりは「日本人が作った飛行機」と言った方がいいかもしれない。
歴史
本田宗一郎は、何時かは飛行機を作りたいという夢を抱いていた。
ホンダのバイクにある翼のマークはこれの表れである。
ホンダが明確に航空機業界参入を表明したのは1962年。
1964年には航空機のノウハウを集めるため「本田航空」を設立。さらに1986年には和光基礎技術センターを開設、極秘裏に航空機の研究開発を開始した。しかも本田宗一郎にはこのことは伝えられていなかった。その理由は、完全に表舞台から去ってもなお航空機に興味を持ち続けていた宗一郎が、このことを知ったら現役復帰してしまう恐れがあったからだそうである。
1997年、「HondaJet」の開発を開始したと正式に表明。
初飛行は2003年、量産ラインに乗ったのは2012年となった。
2015年、量産第一号機がデリバリーされた。
初飛行から量産機のデリバリーまでかなり時間がかかっているが、これはFAAの形式証明取得が遅れたことと、開発そのものの遅延が原因とされている(予定よりも開発が遅れるというのは航空機の業界ではよくあることである)。
2021年10月には、胴体を伸ばした上で(パイロットも含めて)11人乗りとし、航続距離もアメリカ大陸をどこにも寄らずに横断出来る4800キロメートルとした「HondaJet2600コンセプト」を発表した。そして2023年6月13日、正式に商品化する事を明らかにしている。2028年を目処に実用化に漕ぎ着けたいとしている。
日本での展開
長らく日本での注文は受け付けていなかったが、2018年6月から注文を受け付けている。同年年末時点で10機ほど注文があるらしい。ちなみに国内第一号ホンダジェットは同年12月20日に引き渡された、堀江貴文やコロプラ創業者の千葉功太郎らの共同所有機。なお、千葉は、購入理由を、「日曜日にテレビ番組見てたらこれが出てるCM放送されてて、欲しいなーと思っちゃった」と述べたそうである。また、堀江はこのホンダジェットを「驚くくらい快適」と高く評価している。
一方で、それに先立つ同年3月にはANAホールディングスとホンダエアクラフトが提携し、双日という商社の関連会社であるANAビジネスジェットによるビジネスジェットチャーターにホンダジェットを活用することを発表している。
2020年4月からはトヨタ自動車が役員の国内移動のための社用機として使用しているとの事。関連会社のヘリコプターおよび航空機オペレーター企業である朝日航洋が1機所有し、オペレーションを担当している。
機体
機体としては操縦士2名+乗客4名の小型ビジネス機。
小型機ではあるが中型ビジネス機並の速力(時速782キロメートル)と航続力(2265キロメートル、千歳から那覇まで給油せずに飛行出来るそうな)を有している。離陸に必要な滑走路の長さは1.2キロ(1200)メートルと、YS-11並みの長さで済む。
主翼はテーパー翼(先に行くほど細くなる形状の主翼)を採用。翼端にはウィングレットを装備している。また主翼はアルミ材の削り出しで製作されている。
エンジンはGEとの合弁とはいえ自社グループである「ホンダ・エアロエンジンズ」が開発したターボファンエンジン、HF120を双発で搭載。VFW614以来となる、主翼上部の配置となっている。
競合製品に与えた影響
HondaJetは競合機と比較して速度・燃費・価格の面でかなりの優位に立っていると言われている。
このため競合機は結構な値引きを強いられるはめになったとかならないとか。
HondaJetを使用した実験
2021年6月29日、HondaJetElite(機体番号JA01JP)にユーグレナが開発したバイオ燃料「サステオ」を使用した世界初のテストフライトが行われ、鹿児島 - 羽田間のフライトに成功している。
イラスト
関連動画
関連タグ
ホンダジェット…表記ゆれ。
トム・クルーズ…オーナーの一人、自ら操縦する事もある。
MRJ…同時期に日本で計画されていた機体。