SCP-789-JP
めびうすのわごむ
アイテム番号: SCP-789-JP
オブジェクトクラス:Möbius
SCP財団日本支部が管理するSCPオブジェクトの一つ。通称「メビウスの輪ゴム」。
サイト-8195の備品課が仕入れ、同サイトに勤務する倉内博士の研究室に支給され、その後倉内博士によって異常性が確認された某社製の奇妙な輪ゴム。異常性が確認された後にあらゆる方面から調査されたものの、その異常性の起源については不明。
この輪ゴムの異常性はただ一つ、この輪ゴムをSCP財団の基準に則った形の報告書にて説明する場合、そのオブジェクトクラスの表記が「Möbius」という語句になってしまうというもの。言うまでもなく、このようなオブジェクトクラスは財団の規定には存在しないが、何故か何をどうやってもこの輪ゴムに関する報告書のオブジェクトクラスは「Möbius」と記載されてしまうのだ。しかもこの報告書の執筆者はこの記述について疑問に思ったり、外部から指摘を受けたとしても、最終的には必ず「この報告書に書き記したオブジェクトクラスやその異常性についての説明に間違いはなく、修正すべきではない」という結論に至ってしまう。
……しかし、これ以上の異常性は確認されていない。使おうと思えば普通の輪ゴムと同じように使えるし、おそらく壊そうと思えば簡単に破壊できるだろう。上述した情報災害を除けば何の変哲もないごく普通の輪ゴムなのである。
現在は特に何の問題も無くサイト-8195内の低脅威度物品ロッカー内に保管され、担当を外れた倉内博士に代わり坪野研究員が調査を引き継いでいる。
ある日、坪野研究員はふと疑問に思った。
「倉内博士は何故この輪ゴムに関する報告書を作ったんだろう?」
異常性を持つアイテムなんだから、財団のデータベースにその報告書が存在するのは当たり前と思うかもしれない。しかし、この輪ゴムは財団の報告書が存在して初めて異常性が発現する。逆に言えば、まずこの輪ゴムに関する報告書を作らない限り、この輪ゴムの異常性は確認できないはずである。だが、普通は「異常性が確認できないアイテム」に関する報告書を作る意味は無い。それでもこのSCPオブジェクトの報告書は現に存在している……。
つまり「異常性が先か、報告書が先か」という話である。
そんな坪野研究員の提言により、早川研究員はSCP-789-JPに関する再調査を実施。
その結果、とんでもない事実が発覚した。
- SCP-789-JPは存在しない。
- SCP-789-JPを製造したメーカーも存在しない。
- SCP-789-JPの報告書を起稿した倉内博士も存在しない。
- SCP-789-JPに関する再調査を提言した坪野研究員も存在しない。
- SCP-789-JPを収容していたとされるサイト-8195も存在しない。
と、まさかのオブジェクトにまつわる事実関係が全否定されるという意味不明な状況に陥っていたのである。
残されているのは書いた人間が存在しないはずの報告書のみ。
この衝撃的な事実に行き着いた早川研究員は、唯一実在が確認されている「SCP-789-JPの報告書」について以下の3つの可能性とそれに対する措置を提示した。
1.何者かによって作成された、特に異常性の無い偽物の報告書
この場合、財団は収容体制を大きく損なうような情報攻撃を受けている可能性がある。そしてこの報告書はその情報攻撃に関する唯一の証拠となるため、そのまま手を加えず保護しておくべきである。
2.報告書自体が関連する矛盾そのものを異常性に含んだ異常実体
この場合、現存する「SCP-789-JPの報告書」を新たなSCiPとして再定義し、改めて異なる内容の報告書を作成する必要がある。そしてその後、基となった「SCP-789-JPの報告書」自体はそのまま手を加えず保護しておくべきである。
3.何らかの現実改変の影響によって関連する存在が消滅し、現在は報告書だけが残っている状態
この場合、現状としては改変の影響はほぼ安定していると思われるが、今後どんなきっかけで異常性が再発するか、安定性を失うかがわからない。勿論、「SCP-789-JPの報告書」に手を出して異常性が暴走する危険性も考えられる。となれば、この報告書はそのまま手を加えず保護しておくべきである。
ちなみに既存のSCiPの報告書だけがこの異常な報告書に改変されたという最悪の可能性も考えられたが、これについては既存の報告書とSCiPの全数調査を実施し、その結果から否定されている。
つまり、何が起きていようが起きていまいが、結論は当初と同じ。
オブジェクトクラス欄は修正すべきではなく、その異常性についての説明も然りである。
早川研究員の提言に基づき、現在SCP-789-JPの報告書の編集及び削除機能は凍結されており、そのままの状態で保護されている。
ちなみにこのオブジェクト、ヒントが一つある。
実はこいつの元記事には「反ミーム」のタグが存在している。これはポピュラーな異常性の一つで、これを持っているオブジェクトに纏わる情報は、情報本来の在り方とは正反対の「広がらない」「伝わらない」「記憶されない」「認識されない」という自己秘匿性を持っている。
ただし、ややこしいのは、反ミーム性を持った情報は広がらないが、反ミーム性そのものはミーム的性質=能動的に広がろうとする性質を持っているパターンが時々存在するのである。
わかりやすく言うと「反ミーム性」という属性があり、この属性を付与された情報は広がらなくなるが、属性そのものはミーム的伝達手段、つまり情報と同じルートで広がっていくことがある、という話になる。
恐らくこのオブジェクト本来の異常性は「本体である輪ゴムに関する情報が反ミーム性を持ち、ある程度その本質についての理解を得ることをトリガーとして反ミーム性を感染させる」というものだと思われる。
そして異常性の作用は「オブジェクトクラスが異常なものに変わり変更できなくなる」という一点を実現するために絞り込まれており、謎を解明しようと調査すると関わった事物全てに反ミームが感染してしまう。なので、結論としてはどうやっても「オブジェクトクラスを修正せず、異常性についての説明も変更しない」という、触らぬ神に祟りなし方式に帰結するのである。
財団という組織が持って初めて意味を持つ異常性だが、その原点については言及すべきではないのだろう。