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足利義教の編集履歴

2017-09-24 14:47:37 バージョン

足利義教

あしかがよしのり

室町幕府・第6代征夷大将軍。

概要

生没年 応永元年(1394年)~嘉吉元年(1441年)6月24日

室町幕府第3代征夷大将軍足利義満の四男として生まれるが10歳で出家、仏門に入り青蓮院義円を名乗る。

当初は長兄の義持が将軍職を継いでいたが、応永30年(1423年)には義持は17歳の嫡男・義量譲位、自分は僧侶の身でありながら大御所として実権を握りつづけた。

ところが応永32年(1425年)2月にもともと病弱だった義量が19歳の若さで急死、義持は後継将軍を定めぬまま、応永35年(1428年)まで政務を執り続けたが病に斃れてしまう。


将軍就任

前述のように義持は後継者を定めていなかったため、誰を将軍にするか大いにモメた。なかなか収集がつかないので「じゃあクジ引きで決めよう」ということになり、

改元が行われた同正長元年(1428年)、石清水八幡宮の神前において管領・畠山満家によりくじ引きが行われ、義円が新将軍に選ばれた。

還俗して「義宣」を名乗る。ときに35歳であった。

永享元年(1429年)、「足利義宣」として将軍宣下を受けたが、名が「世を忍ぶ」と同じ響きを持ち、縁起が悪いとのことにより、さらに「義教」と改名する。


義教の政策

当初、義教は管領以下の重臣たちの意見を取り入れた政治を行っていたが、次第に将軍専制を志向する強硬な政治姿勢を見せるようになっていく。

永享6年(1434年)、幕府との対立姿勢を強める鎌倉公方足利持氏比叡山延暦寺が通じているとの噂が流れたため、義教は軍勢を派遣し山門を囲ませる。これにより降伏した宗徒はしぶしぶ許したものの、首謀者4人は誘い出して殺害するに至った。

永享10年(1438年)、持氏の長子・賢王丸(足利義久)の元服を巡り、持氏と関東管領上杉憲実との対立が表面化、幕府が憲実に援軍を送ると持氏方にも幕府に寝返るものが表われ、持氏・義久父子は降伏も許されずに自害に追い込まれた。鎌倉府は持氏の末子・足利成氏古河公方として宝徳元年(1449年)に再興するまで一時消滅してしまう(永享の乱)。

これとは別に義教は九州統治にも乗り出して成功させており、比叡山延暦寺の制圧、関東の攻略に次ぐ軍事的成功を成し遂げた将軍でもあった。


一方で、義教は永享4年(1432年)、兄・義持が停止したとの「勘合貿易」を再開させた。これにより幕府は莫大な利益を得ることとなった。


「万人恐怖」

義教はひどい癇癪もちでもあった。

自分の気に入らぬことがあれば、些細なことでも処罰の対象となった。

将軍在任中、処罰された者はわかっているだけでも80人に上ったとされている。

このいつ起こるかわからぬ恐怖に人は「万人恐怖」と呼んだという。


嘉吉の乱

嘉吉元年(1441年)6月23日、このような義教の残虐さ、権力集中に恐怖を覚えた播磨備前美作守護赤松満祐は自邸に将軍・義教を招き、これを殺害した。

このとき、義教の護衛や取り巻きは抵抗どころかさっさと逃げてしまったと伝えられるので、どれだけ人望がなかったか窺い知れる。

満祐が嫡男・教康とともに悠々と領国に帰るなか、幕府は混乱、管領・細川持之が義教の子・千也茶丸(7代将軍・足利義勝)を将軍に擁立して政局を安定させ、7月、ようやく山名持豊率いる討伐軍を出陣させた。

赤松氏討伐は1ヶ月あまりで終結したが、伏見宮貞成親王は日記『看聞御記』に「(義教の死を)自業自得である」と書き残している。


評価

良くも悪くも室町幕府の「異端児」として評価されやすい。

やり方はともかく、少なくとも無能な人物ではないことは確かである。

元々成立の過程もあって権力分散型だった室町幕府を将軍一極型にまとめあげようとしており、それで反感を受けたことが嘉吉の乱の原因となっている。

最終的にはこの分散型の機構こそが応仁の乱の遠因となっていることを考えると先見の明があったと言ってもいいだろう。

その強行とも言える手腕には「くじ引きで選ばれた」という自負もあったのだろう。

現代人の視点からすると「能力ではなくくじで選ばれたことの何がすごいのか」という感じかもしれないが、当時の感覚では「八幡様の神意が将軍を選んだ」、つまり「足利義教の行動は全て八幡様の意思に沿っている」ということなのだ。

また、比叡山と対立したことや、その最期など織田信長と類似した点が多く見られ、比較されることも多い。


関連タグ

室町時代 室町幕府

足利義政

徳川家光後世リアル暴れん坊将軍

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