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織田信長

おだのぶなが

日本の戦国時代・安土桃山時代の武将、大名。
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概要

生没:1534年~1582年
出身:尾張国(現在の愛知県西部)

「うつけ」「第六天魔王」などの渾名でも知られる尾張国出身の大名。
豊臣秀吉徳川家康と合わせ、天下(日本)を統一へと導いた「三英傑」の筆頭として数えられる。戦国時代を語る上では必ずと言ってもよいほど名前があげられる超有名人であり、創作作品においても頻繁に題材にされている。

家紋は「五木瓜(織田木瓜)」、旗印は「揚羽蝶」、「永楽通宝」など。

生涯

誕生~家督相続

天文3年(1534年)5月12日、尾張国の戦国大名・織田信秀の次男(もしくは三男)として誕生。
幼名は吉法師(きっぽうし)。母が正室である土田御前であったことから、兄・織田信広を差し置いて嫡子として育てられた。誕生した場所は那古野城(現在の名古屋城の一部)と言われるが、那古野城(なごやじょう)を那古野今川家から信秀が手に入れた時期が信長の誕生より遅いとの説があり、その場合は勝幡城(しょばたじょう)で生まれたと考えられる。

室町時代、尾張国の8郡のうち、海東・知多を除く6郡(のちに海東郡を含む7郡)は、足利家の分家である斯波家が守護であり、越前国(現在の福井県の大半)から来た織田一族が守護代として赴任していた。信長の父・信秀は下四郡(愛知郡を中心とする南部だが、実際に4つというわけではない)の守護代を務める織田大和守家(清須織田家)の分家兼家老・織田弾正忠家の当主である。

幼少期から奇抜な言動・挙動が多く、周囲からは「尾張の大うつけ」と呼ばれた。また、身分にこだわりを持たず、同じ年代の若者と戯れることもあったという。

古渡城にて元服し、上総介(かずさのすけ)と称する。ただし朝廷の許可を受けていない「自称上総介」で、初めの頃は存在しない「上総守」を名乗っていた事があった(上総国の長官は、皇族専用の「上総太守」)。のちに名乗った「弾正忠(だんじょうちゅう)」は正式な許可を受けている。最終任官は右大臣で、亡くなった時点では官職を持っていなかったが「前右府」と名乗っていた。

敵対していた美濃(現在の岐阜県南部)国の戦国大名・斎藤道三との和睦が成立すると、道三の娘・帰蝶濃姫)と政略結婚した。

天文20年(1551年)、父・信秀が急死すると信長が家督を継ぐが、弘治2年(1556年)、義父・斎藤道三が嫡男・斎藤義龍との戦いで戦死すると、翌弘治3年(1557年)、謀反を起こした同母弟・織田信勝との家督争いに勝利して家中を掌握した。
その後、宗家の大和守家、上四郡の守護代である伊勢守家(岩倉織田家)などの尾張国内の敵対勢力を次々と破っていき、永禄2年(1559年)までには尾張国をほぼ平定した。

桶狭間の戦い~上洛

永禄3年(1560年)5月、今川義元の大軍の侵攻を受けるが、圧倒的劣勢の中、桶狭間(もしくは田楽狭間)で逆に奇襲を仕掛け勝利する。かの有名な「桶狭間の戦い」である。(といっても奇襲云々は後世の創作らしいが)
その後、一気に弱体化した今川氏の支配から独立した三河国の松平元康と清洲同盟を結んだ。

永禄7年(1564年)、近江の浅井長政に妹のお市を輿入れし、同盟を結ぶ。
1564年には、滝川一益を伊勢方面に進出し、同時に美濃国へ侵攻を開始。
永禄8年(1565年)、美濃国国人衆佐藤忠能加治田衆を味方につけ、義弟斎藤利治を中心に各合戦に勝利し、永禄10年(1567年)には美濃を攻略し、斎藤龍興(義龍の子)を追放して斎藤氏を滅ぼし、この地を岐阜と命名した。
この頃から「天下布武」の朱印を用いるようになり、本格的に天下統一を目指すようになった。

永禄11年(1568年)、畿内を制圧していた三好三人衆が擁立していた室町幕府・14代将軍・足利義栄に対抗して、三人衆に暗殺された13代将軍足利義輝の弟・足利義昭を擁して上洛、義栄らを京から追い、義昭を将軍職に就けた。近畿地方も攻略していった。

しかし、信長と義昭の間に徐々に政治対立が浮上し、義昭は信長に敵対する甲斐の武田信玄、越後の上杉謙信、中国地方の毛利輝元、越前の朝倉義景などに書状を送り信長包囲網を形成。
これに対し信長は、姉川の戦い(元亀元年(1570年))で朝倉義景浅井長政連合軍と、長篠の戦(天正3年(1575年))で武田勝頼と、天王寺の戦い(天正4年(1576年))で一向一揆と、それぞれの戦いに勝利して敵対勢力を次々に撃破。
元亀2年(1571年)、敵対勢力と協力関係にあった比叡山延暦寺を焼き討ちにし、本願寺顕如とは天正8年(1580年)に和睦するまで長く抗争を続けた。
元亀4年(1573年)、ついに信長は義昭を京都から追放し、室町幕府を終焉させた。

織田政権~最期

天正7年(1577年)、琵琶湖湖畔に安土城を完成させ、城下に楽市楽座を展開。
残る北陸地方上杉景勝には柴田勝家を、中国地方毛利輝元には羽柴秀吉を、四国長宗我部元親には三男・信孝、丹羽長秀などを派遣して追い込み、東国の北条氏政伊達輝宗蘆名盛隆らを、西国では大友宗麟島津義久龍造寺隆信らと関係を密にして、実質上臣下同然に置いていた。天正10年(1582年)3月には嫡男・織田信忠、重臣・滝川一益を派遣して甲斐の武田勝頼を滅亡に追い込み、天下統一はほぼ達成されていた状況であった。

しかし、同年6月2日未明、重臣の一人・明智光秀の謀反に遭い、逗留していた京の本能寺で自害した(本能寺の変)。介錯はなく、史料では本能寺の奥の部屋で人払いしたところで記述が〆られており、これが信長生存説の一因にもなっている。同時に嫡男・織田信忠や義弟・斎藤利治、京都所司代・村井貞勝も襲撃され、今後の織田家の時代を担う人材を一気に失った。
享年49。

余談

現代では子孫が氷の上を滑っている。

なお、信長は嫡男だが長男ではない。影は薄いが織田信広という異母兄がおり、こちらとも地味な家督争いをしている。信広は安祥城で今川氏の捕虜になり、徳川家康と交換された話ばかり有名だが、信長に従ってからは武将として働き、長島一向一揆を騙し討ちして逆襲された際に、織田一族10人以上と共に戦死している(一揆の残りの構成員を信長が虐殺したのは、それが原因である可能性が高い)。

子供は上の男子三人(信忠信雄信孝)が有名だが、他の息子や娘と合わせて21人、それに養女や猶子(養子の一種だが子と言うより被後見人に近い)、実在するか怪しい庶子を含めると26人兄妹とかなり子沢山である(前述の子孫は信長の七男・信高の末裔とされている)。子供に対して髪の生え際が茶筅に似てるから「茶筅」(後の信雄)、母の名前が「お鍋の方」だから「酌」など割とはっちゃけた名前もつけているため、たまにネタにされたりもする(もっとも、子供に妙な名前を付けるのは当時では彼に限った事ではなかったのだが)。

信長の正室で有名な濃姫との間に子は生まれず、嫁入り後の濃姫の動向はあまりわかっていない。上記の信忠や信雄は側室・吉乃生駒吉乃)の子といわれ、信忠は濃姫の養子になったとも言われている。

人格

外見

身長はヨーロッパ宣教師に「中ぐらいの背丈」と言われる程度の高さで、この時代においてはかなり大柄だったらしく、おおよそ170cm前後ではないかと推測されている。(秀吉は「背が低い」と言われている)。
また髭は少なく華奢な体躯で、声は「甚だ快調」=甲高い声をしていたという。

人柄

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
という落首が創作されていることから恐ろしい性格のイメージが多いが、この句は単に気にくわないから殺すのではなく、「鳴けずに生かされることを屈辱的と感じるがゆえに」という捉え方もできる。

古来の価値観に縛られ過ぎない合理主義と先見性、広い視野、決断力に秀で、敵対者に対しては容赦ない苛烈な所業が多く、その鮮烈な生き様とカリスマ性で今なお多くの人々を魅了する。ただし、実際に近付きたくない人も多そうであるのが、秀吉との決定的な違いである。

ルイス・フロイスの記録によれば、睡眠時間は短いため早起きで、食事を節制し、身の回りを清潔にしていた。身分に関係なく気さくに親密に接し、ほとんどにおいて相手を「貴様」と呼び、長いダラダラした前置きや言い訳や嘘は好まず、自分への侮辱を許さない厳格な正義を持っていたが、基本は人情味と慈愛を持っていたという。
※この時代の貴様は敬語であるため、現在のような罵声ではないことに注意

幼少期からその挙動を「うつけ」と称されてきたが、実際には早くから、織田家の家督争いを意識していたという。
その一方で、治めていた領地では民政家であったり、律儀、繊細、信心深い面も多く、自分から一方的に条約や約束を破った事はあまりない。むしろ条約を破ったりする大抵の理由は相手側の方にあり、義を重んじるとはいえ同盟を一方的に破棄した浅井長政や、不義理で今川氏との同盟を破棄した結果、嫡男・義信を切腹に追い込み、周囲がすべて敵となってしまう愚策をとってしまった武田信玄等が挙げられる。

また、気に入りの茶人を殺してしまった事から浪人に追い込んだ前田利家に対しては、その後も尚も独断で戦場に駆けつけ奮闘し続けた姿勢を認め許した事もあるとされる。
他にも、当時は敵対していた後に重臣となる柴田勝家の帰参を許したり、織田家に損害を与えた斎藤龍興足利義昭は処刑されること無く追放にとどまった。
更には松永久秀の三度にわたる裏切りを許しており、実は寛容お人好しではないかと思えるほど、自身に降る者には相当甘いように感じられる逸話も多い。

政略

軍事面では鉄砲火縄銃)の威力に注目し、発射準備に時間の掛かる欠点を3班制の導入により克服、無敵を誇った武田の騎馬隊を撃破するなどの目覚ましい成果を上げ、日本の戦術に革命をもたらした。
……とは言われるが買い被り過ぎの節もあり(鉄砲を大量採用していたのは武田氏なども一緒で、信長も雑賀に攻め込んで相手の鉄砲隊により敗北している)、三弾打ち云々も後世の創作が疑われている。
通説では信長の発案とされる「楽市楽座」や「兵農分離」も、実は他の戦国大名を真似て始めたらしく、革新的どころか堅実で実際的な一面が研究により明らかになってきた。
信長の本領は戦略により「勝てる状況」を作り上げる所にある。武田氏に美濃の東部を奪われながら長い間低姿勢だったり、本願寺と長期間にわたり戦いながら各地の末寺には中立が保証できれば手を出さなかったりと、実は短気でも苛烈でもない政策を平然と取れる人物であった。
敵対する者ならばたとえ力のない相手にも容赦なく、門徒の軍事力が侮れない本願寺には慎重に対処して最終的に和睦しているのに、近所の雑賀一揆や根来寺に比べても微力な高野山が自分の意に反するという理由で、領内の高野聖を虐殺している。

人事にも長け、徹底した能力主義・実力主義で部下を競わせ、実績を上げさせていた。百姓から天下人にまで登り詰めた豊臣秀吉などはその代表例である。柴田勝家丹羽長秀滝川一益明智光秀等の軍団長や、河尻秀隆前田利家佐々成政などの尾張・美濃の武将を重要視する。
義父斎藤道三の子で濃姫の弟、斎藤利治に美濃斎藤家跡取りとして、要所の加治田城を継がせ、嫡男織田信忠の側近にするなど次期織田家の支配体制を固めて行った。
ただし、気に食わないと佐久間信盛、林通勝のように譜代の家臣でも平気で捨てており、家臣に取っては仕えるのが難しい主君であった。(さすがにやりすぎたと思ったのか、信盛の息子には帰参を許しているが・・)
とはいえ、意外と気がきく面もあり、秀吉の妻ねねに「秀吉にはお前さんは過ぎた嫁だ。だから、あいつの女関係に関してはちょっと言っておく。今後もなんかあったら俺に言ってくれ(意訳)」という手紙が現存している。一説には、この時に織田秀勝を秀吉、ねねの養子に送ることを考えたと言う。

また、以下の様な逸話もある。安土城を拠点としていた頃、用事のために信長が外出していた際、城の侍女たちが無断で花見の宴を行ったことがあった。しかし、予想外に早く帰還した信長はこれを見て激怒し、侍女の責任者数名を死罪に処してしまった。
この一件について作家の池波正太郎は、「普通なら何というむごい殿さまだと言うだろう。しかし信長の真意は、『いつ襲われてもおかしくない戦国時代を生き抜くためには、女性に城や国をしっかり守ってもらわないといけない』というところにあり、処刑を行ったのは、女性も男同様の責任を取らせるべき、という理由からである。逆説的に言えば、それだけ女性を重視していた、少なくとも男と同様に買っていたということ」と著書「男の作法」の中で解説している。

趣向

はあまり飲まず、貴族好みの味の薄い京料理は嫌い。(京料理の名人に京風の料理を作らせたが口に合わず、それではと田舎風に味つけされた料理を褒めたたえたことで、その料理人に馬鹿にされたという逸話が残されている)
茶道囲碁も好きで、茶道具を町人から取り上げたり、家臣に恩賞として与えたりもしていた。(家臣もまた信長から茶会を開くことを許されることや茶道具を与えられることを城や領地を与えられることよりも喜んでいる)
幸若舞の『敦盛』の「人間五十年、下天の内を較ぶれば、夢幻の如く也。一度生を稟け、滅せぬ物の有る可き乎。」の部分を舞った事が有名。
相撲を好み、お抱えの相撲取りもおり、自らも相撲をしたりした。

南蛮(ヨーロッパ)文化に強い関心を抱き、火縄銃を大量導入し、洋服を好んで着て、地球儀を見て日本の小ささに衝撃を受けるとともに、時計を理解し、アフリカ人の小姓弥助を置いた。甲冑も南蛮胴(輸入品を日本風に改造した鎧)を愛用しており、戦国BASARAのデザインの服装は割かし史実に近いものである。

信仰について

延暦寺焼き討ちや高野聖の虐殺という所業から神仏に対して嫌悪感を抱いているような印象をもたれがちだが、実際はそんなことはなく、逆に信仰心が篤かったほどであり、特に神道熱田神宮を始め、積極的に保護していたものも多い。
あくまでも本人としては、政治的な抗争が原因でそのような行為に及んでいる。嫌っていたのは、宗教団体が政治に関与するということで、特に寺社が政治力を付けることを毛嫌いした。

当時の時代において、主に寺院は政治にも関わりが深く、大名家と同等かそれ以上の強い権力を持っており、聖域を盗賊などから守るための戦力として僧兵が数多く存在し、軍事力をも有していた。
それ故に寺院内の腐敗や、僧兵による暴行なども相次ぎ、仏法における教義の解釈を巡って宗派間で争われることもあった。

延暦寺は、当時もっとも強い権力を持っていた寺院の一つであり、上述した理由から腐敗も酷く、かつて後継者を巡った論争から分離した天台寺門宗園城寺(三井寺)に圧力をかけていた。
信長はこれを見かねて園城寺に協力を求め、応じた園城寺に陣を張らせてもらい延暦寺に横暴を止めるよう勧告を出し、これに延暦寺が応じなかったために攻め入ったのである。

織田一族は日蓮宗の信徒が多いが(本能寺も日蓮宗の寺院)、日蓮宗の僧が他の宗派を攻撃する行為が目に余った時には殺してしまっている。

創作物における織田信長

歴史小説の他、漫画・アニメ・ゲームなどの幅広いサブカルチャー作品においても、主人公は当然ながら、主要人物に何かしらの影響を与えた人物としてその名が取り上げられる機会が多い。
加えて「第六天魔王」という異名を名乗ったことなどからゲームではラスボス的立ち位置にいることが多い。信長を主人公とした『信長の野望』では公式チートと呼べるレベルで高性能である。
部下から悪郎(わろ)と呼ばれ親しまれてもいたが、信長をモチーフとしたキャラクターの多くは、その冷徹さを一貫したイメージが大半を占め、カリスマ性溢れる指導者といったイメージの者が多い。
髪型については、史料として遺る肖像画では頭頂部を剃髪した月代であるが、前述の『野望』シリーズをはじめ多くの作品で総髪(頭頂部にも髪の毛がある)、加えて茶筅髷で描かれることが多い。

また架空戦記パラレルワールド物などでは、しばしば「もし信長が本能寺で死なずに天下統一を実現していたら」というモチーフが用いられる事がある。(「時空の旅人」、「ストライクウィッチーズ」など)

IFの信長

もし信長が本能寺で死ななかったら」の場合、光秀を倒して毛利攻めを済ませ、四国九州も攻略し、東日本北陸関東東北)も制覇し、天下統一を完遂。新しい支配体制を作り、ついに朝鮮半島へ攻め入り、北京にまで侵攻。東南アジア方面にも進出し、スペインイギリスといずれ対決するだろう。
というのがよくある話。ただし、よくて朝鮮出兵までで、その後は関ヶ原の戦い後に史実通り家康が幕府を開くだろうという意見もある。
他にも大陸よりも南方(フィリピン、インドネシアなど)に手を出したのではという説も存在する。

また、リアリストとして徹底しているため、貿易をもって国づくりを進めたとも考えられており、その場合、幕末の混乱も最小限に抑えられたとの想像も成り立っている。

ゲーム

信長の野望』シリーズ

信長(模写)


メインプレイヤーキャラ。
タイトルに名前が冠されているだけあって、「公式チート」と言われるほどシリーズを通じて高能力。

初期は頭を月代にしていたが、三作目からは総髪茶筅髷になった。
髭を生やした凛々しくも厳めしい顔つきにはシリーズを通して変化なし。
信長を題材にした作品の中でも特に歴史の長いシリーズであり、後年の作品ではこの信長像をベースにしたキャラクターも少なくない。

戦国無双』シリーズ

声優:小杉十郎太
武器:妖刀

第六天


織田軍の総大将。乱世の業を一人で背負い、天下統一を目指す「魔王」。
詳しくは「織田信長(戦国無双)」を参照。

ポケモン+ノブナガの野望

ポケモン:サザンドラゼクロム黒いレックウザ

Ambition


リュウの国のブショーリーダー。
突如ランセを滅ぼすと宣言し、次々と周りの国を制圧していく。
詳しくは「ノブナガ(ポケナガ)」を参照。

下天の華』シリーズ

声優:松風雅也

信長様


天下人に限りなく近い、織田家の総大将。
型破りな発想で人心を惹きつけるが、そのぶん敵も数知れず。
傲岸不遜なカリスマで、生に対して享楽的な思考を持つ。

戦国BASARA』シリーズ

声優:若本規夫
武器:ショットガン

第六天魔王。


自らを「第六天魔王」を称し、恐怖によって天下を統一しようとする。
キャッチコピーは「征天魔王」。
詳しくは「織田信長(戦国BASARA)」を参照。

歴史大戦ゲッテンカ

覇王ノブナガ


覇王ノブナガ(または、うつけノブナガ)の名で登場。
特定の装備アイテムの組み合わせで、魔王ノブナガに変身する。
必殺技は【天下布武】(家紋ビーム)。

戦国大戦

うつけ殿


俺が乱世を打ち砕き新たな世を創る!

織田家の当主として登場。このゲームの副題は『1560 尾張の風雲児』なので主人公とも言える。
周囲から『うつけ』と呼ばれながらも野望に向けて邁進する若き日の姿が描かれている。彼固有の計略『天下布武』は範囲内にいる織田家の味方を全て強化する強力な物。
バージョンアップ版である『1570 魔王上洛す』でも壮年期の姿で登場しているほか、ゆでたまご氏による別バージョンも存在する。こっちはまんまキン肉マンである。
このゲーム全般を通して主役に近い扱いをされており、『1582 日輪本能寺より出づる』までほぼ毎回何らかの形で織田信長のカードが追加されていた。
そのため、通常排出での『天下布武(青年期)』、『三段撃ち(壮年期)』、『是非に及ばず(晩年)』の3枚に加え、コラボレーション企画の戦国数寄枠で『キン肉マン』、『まおゆう』、『尾張の最終兵器(漫画・いくさの子に登場した幼少のころの信長)』の3枚、雑誌の付録での『いくさの神(いくさの子に登場した青年期の信長)』、初期スターターパックのカードと戦国鬼札版(両方とも天下布武と同じイラスト)で、同名カードでは豊臣秀吉の10枚に次ぐ9枚を誇る。

ちなみに、前述のとおり鉄砲による集団戦術を確立したということで彼率いる織田家には鉄砲隊が多いのだが、バージョンアップの度に本願寺(雑賀衆)や島津など、特技やシステムの面で優遇された鉄砲勢力が参入しており、このゲームにおける鉄砲の元祖とも言える織田家の鉄砲隊は非常に厳しい情勢に立たされていると言わざるを得ない。

戦極姫

織田信長


赤毛爆乳美少女武将。想いもよらぬ発想と行動力で織田家を引っ張っていく。
当主としての威厳を保とうとする一方で、自分の気持ちに素直になれない性格。

戦国乙女

ノブナガ様の野望


赤毛ポニーテールで漆黒のビキニアーマーマントを着る。煙管を咥えている。
荒くれのお気楽な大胆不敵でめんどくさがり屋。
詳しくは「織田ノブナガ」を参照。

戦国コレクション

信長ちゃん


天下統一を目指す小悪魔王にして、ゲームの広告塔。
詳しくは「小悪魔王・織田信長」の記事を参照。

戦国†恋姫

織田三郎久遠信長


尾張の国を治める織田家当主にして、メインヒロインの一人。
詳しくは「久遠(戦国†恋姫)」の記事を参照。

イナズマイレブンGOクロノ・ストーン

信長さまと藤吉郎さん


声:千葉一伸
チーム雷門たちが出会った尾張の武将で、イレブン能力者。気だけで暴れ馬を追い返すなど、凄まじい覇気のオーラを持っている。
信長のオーラを手に入れようとやってきたチーム雷門の神童拓人に「自分は天下を取れるのか」と聞き、「それはできません」と正直に答えた神童に興味を持つ。
そして蹴鞠戦(けまりいくさ)の時には、化身アームドにとらわれ過ぎてきちんと戦局が読めていない神童を見かね、フィールドに赴いて神童を叱責・助言して化身アームドを成功させ、更に神童とのミキシマックスを許可する。
関連タグ信拓 拓長

実況パワフルプロ野球』シリーズ

実況パワフルプロ野球2011決定版にある戦国サクセス編、実況パワフルプロ野球2013の戦国工業高校編にて登場。
先発型の速球派投手で投手能力も野手能力も十分高いが、天下目前にして本能寺の変で死んだエピソードからか、終盤に味方が勝っていると能力が下がる寸前×という特殊能力をもっている。
計略「信長の威圧」は味方全員に「威圧感」(投手:リリーフ登板時打者のミート&パワーダウン、野手:相手投手のスタミナ消費量増加、球速&コントロールダウン)が付くというもの。相手投手からしてはスタミナ消費が一気に増えるためたまったものではない。

漫画

へうげもの

へうげもの


声優:小山力也
豪壮な芸術を好む天下人。派手な洋服西洋風甲冑を好み、ピアスをつけ、甲高い笑い方をする。
古田織部の数寄振りを評価しており、彼の驚く顔を楽しんでいる。親族を可愛がりすぎる節が多い。
世界制覇を目論み、風雲躍り華咲き乱るる世を目指すが、本能寺の変直前にある人物と手を組んだ信長家臣に襲われた。

殿といっしょ

信といっしょ


声優:黒田崇矢
何でも焼き討ちしたがる破天荒な武将。漫画では白目で口が描かれない。
容赦のない性格で、ほとんどの他人に高圧的態度で接する。
台詞フォント吹き出しが他のキャラと違って怖い。お酒には弱い。

信長協奏曲

信長と光秀


アニメ版声優:宮野真守(サブロー)・梶裕貴(本物)
ドラマ版:小栗旬(サブロー・本物の二役)
平成の高校生・サブローはふとしたことで戦国時代にタイムスリップし、そこで自分とそっくりな顔の武士と出会う。彼こそ史実の信長で、信長から病弱な私に代わって信長になってほしいと頼まれ、サブローは信長として戦国を生きることとなる。
勉強が苦手で、歴史も疎く、自然体で飄々と物事にあまりこだわらない性格。
本物の信長は頭巾をかぶって別名として生き、各地を放浪した後にサブローに力を貸すため再び織田家に戻る。

ドリフターズ

織田信長


正式名として「織田前右府信長」を名乗る。
ざんばら頭で、片目に眼帯をつけた姿が特徴。
本能寺の変の中で何故か異世界へと飛ばされてしまうが、そこでの国盗りを開始する。

信長の忍び

木瓜の花のもと


織田信長(信長の忍び)
自分の手で乱世を終わらせようという大志を持ち、技術革新と商業政策により戦国に覇を唱えている。
果実やお菓子に目がない大の甘党で、酒一口で酔っぱらってしまう下戸
帰蝶やお市を溺愛し、優秀だが純朴な主人公であるくノ一千鳥を可愛がっている。

織田信奈の野望

織田信奈ちゃん


史実の信長に相当する存在の女の子。
詳しくは「織田信奈」記事を参照。

内閣総理大臣織田信長

愛知1区候補


平成の世で信長が内閣総理大臣になっちゃった漫画。
詳しくは「内閣総理大臣織田信長」記事を参照。

うっかり戦国漫画かいこ

スシ・テンプラ・ノブナガ


黒装束の帽子とマントを身にまとった、目つきの恐ろしい、魔王っぽい武将。
目標は世界で「スシ・テンプラ・ノブナガ」になるくらいの知名度向上。

異界戦記カオスフレア

信長様


宇宙戦艦を率いる「富嶽」の指導者。
彼女以外にも「本能寺の変で死なず異世界に渡ったオダ・ノブナガ」「パラレルワールドと化したスペオペ江戸時代で本当に魔王になった織田信長」が確認されている(これらは歴史通りの男性)。また未確認ながら「本能寺の変で死亡し”魂の還る場所”に転生した織田信長」の存在が示唆されている。

ノブナガ・ザ・フール

天下のおおうつけ


オダ・ノブナガ名義。
東の星の小国オワリの跡取りで、「うつけ者」と呼ばれるが物事の本質を見極められる器の持ち主。
西の星から来たレオナルド・ダ・ヴィンチジャンヌ・カグヤ・ダルク、そして自機となった大イクサヨロイ「ザ・フール」と共に戦いの渦中に飛び込んでいく。

コハエース

魔人アーチャー


通称「魔人アーチャー」。木瓜紋の軍帽と黒い軍服を纏った、長い黒髪の少女。
元々劇中劇『帝都聖杯奇譚』に登場するアーチャークラスのサーヴァントとして用意されたキャラクターだが、結局本編の方で散々振り回される羽目に陥り、真剣に『ちびちゅき!』移籍を考えている。
なお、オンラインゲームFate/GrandOrder』の期間限定イベント「ぐだぐだ本能寺」(2015/11/25〜12/11)ではメインキャラクターの1人を担当したり2017年水着イベントにて、水着を着たりと、活躍の場は増えてきている。

特撮

仮面ライダーゴースト

5話眼「衝撃!謎の仮面ライダー!」


仮面ライダースペクター強化フォームノブナガ魂』として登場。必殺技は長篠の戦いの三段撃ちを思わせる連続射撃「オメガスパーク」。

アニメ

タイムボカン24

CV:伊丸岡篤
本人が登場するのだが、この作品での戦国時代における真歴史は虫取り合戦だったという歴史となっていた? 詳細は作品タグを参照の事。
なお、中の人は戦国BASARAで無敵が口癖の戦国武将を演じていた。

関連イラスト

歴史上の信長より、関連作品の信長が圧倒的に多い。

織田信長


信長
武将隊の信長さま


落書き信長様
熱血な信長



関連人物

親族

<父母>
織田信秀(父) 土田御前(母)

<兄弟>
織田信行/信勝(弟) 織田信包(弟) 織田長益/有楽斎(弟)
お市の方(妹) お犬の方(妹)…他

<配偶者>
濃姫/帰蝶(正室・斎藤道三の娘) 吉乃(側室) お鍋の方(側室)…他

<子>
織田信忠(長男・嫡子) 織田信雄(次男) 織田信孝(三男) 織田秀勝(四男)
徳姫(長女・松平信康室) 冬姫(次女・蒲生氏郷室) 秀子(三女・筒井定次室) 永姫(四女・前田利長室)…他

家臣

<織田四天王/織田五大将>
柴田勝家 丹羽長秀 滝川一益 明智光秀 羽柴秀吉

<その他著名な家臣>
平手政秀 佐久間信盛 前田利家 九鬼嘉隆 佐々成政 河尻秀隆
森可成 森長可 森蘭丸 林通勝 池田恒興 荒木村重…他

その他

松平元康/徳川家康 浅井長政 姉小路頼綱
沢彦宗恩 千利休 今井宗久
織田信成…元フィギュアスケート選手。織田信長の子孫。

関連タグ

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