加治田城
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かじたじょう
美濃斎藤家の居城。中濃の要所で重要な位置の城。
加治田城は別名、却敵城、加治田山城。
大きな合戦がいくつもあったが、一度も落城がなく、敵を全て退けたことから却敵城と呼ばれた。
山全体が曲輪でおおわれ、白華山清水寺等、歴史がある場所にあり、街道も重要な位置にある。織田信長も一泊しており、城を見て天下不武の構想を確実に覚え、義弟の斎藤利治に斎藤家跡取りと城主に任命した。
出丸も大きく、落城はない。本城も一の曲輪から四の曲輪まであり、虎口や石垣で覆われた城。櫓も東櫓、西櫓とあり、麓には御殿屋敷城や家臣の屋敷、馬駅等整備されていた。
天守もあり、二重櫓があり、城主や一族の住居もあった。
城域が北は津保川、南は川浦川と川に囲まれ、頂上からは、現在の名古屋駅まで確認でき、岐阜城、御嶽山と中濃は全て視野に入り、守りやすく、攻めにくい城で難攻不落と言われ、一度も落城がない城。
日本でも屈指の数多い合戦で落城のない城である。
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