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井伊直親の編集履歴

2018-01-09 17:15:21 バージョン

井伊直親

いいなおちか

「井伊直親」とは「井伊直政」の父親である。メイン画像左上の人物。

概要

井伊直親」とは「井伊直政」の父親である。


井伊家19代目当主であるため、一応分類としては「戦国時代武将」なのだが、それよりも「井伊直政の父親」としての方が有名である。


史実では

父親は「井伊直満」。

幼名は「亀之丞」。


この時代の井伊家は今川家の傘下に置かれていた。


当時の井伊家当主であった「井伊直盛」には跡継ぎの男子がいなかったため、その娘(後の井伊直虎)を許嫁とし、直盛の婿養子となった後に井伊家を継ぐ、という事になっていた。


ところが、小野政直讒言により父:直満が今川義元誅殺されると、まだ幼少であった直親は家臣に伴われて井伊谷を出奔し、武田領であった信濃国松源寺へと落ち延びる。

一説によるとこの時期に一男一女を設けたとされる。


それから約10年後、井伊谷への帰参が叶ったが、直盛の娘(後の直虎)は出家して尼僧となってしまっていたため、

奥山家の娘と夫婦となり、二人の間に「虎松」、後の「井伊直政」を設ける。


桶狭間の戦い」にて井伊直盛が討ち死にしたため、家督を継ぎ、井伊家当主となる。

しかし「今川義元の死」によって起こった「遠州錯乱」の最中、小野政直の子である小野道好(政次)の讒言により、主君である今川氏真から松平元康徳川家康)への内通謀反の疑いを掛けられる。


そしてその釈明と陳謝の為に駿府に向かう道中、今川家の襲撃を受け殺害された。

享年27歳。


この後、直盛の娘であった「井伊直虎」が井伊家当主となり、井伊家の血脈は「井伊直政」へと受け継がれていくことになる。


「おんな城主直虎」

現在、井伊直親の登場する創作作品の中で一番有名なのはNHK大河ドラマおんな城主直虎」である。


演:三浦春馬(幼年期:藤本哉汰


序盤での主要人物の一人であり、後の井伊直虎である「おとわ」と、後の小野政次小野道好)である「鶴丸」とは幼馴染みの間柄。

幼少の頃は三人で遊んだり、龍潭寺にて手習いを受けていた。

「おとわ」と「鶴丸」からは「」と呼ばれ、それは終生変わらなかった。

そして「おとわ」から想いを寄せられ「我は亀の竜宮小僧となる!」という宣言を受けたため、「井伊直虎の第一の男」となる。


第1話で史実通りに父:直満が死去。

家臣に連れられ井伊谷を出奔し、信濃に逃れる。


そして約10年後、井伊谷に帰還する。


幼い頃は病弱であったのだが、弓矢の腕前を身に付け、幼少期から持ち合わせていたの腕も相まって、井伊谷の人びとから将来を期待される、爽やかな笑顔が似合うイケメンに成長していた。


が、その一方で、要所要所で「人の心情がわかってないだろうこいつ」と思われる行動を取ることが多くなり、次郎法師直虎)や家臣となった小野政次からは、その将来をたびたび危ぶまれる事になる。

ファンからは「さわやかサイコパス」などいう、とっても有り難くない二つ名を頂戴する事に(笑涙)


そして史実通りに出家してしまったおとわとは婚姻を交わせず(おとわに拒否されたため)、

奥山家の娘と夫婦となり虎松を設け(ここでもおとわ(次郎法師)の件もあり、ひと悶着もふた悶着もまあいろいろとあったわけで;笑涙)、井伊家の当主となり、今川家から謀反の嫌疑を掛けられる。


そして今川家へ釈明に行く直前、なんと次郎法師(おとわ)にバックハグをし、

戻ったら一緒になろう(大意)」

という約束を交わす。


ってちょっとまったぁ奥方様は?!(笑冷汗)


しかし、史実通りにそれが叶う事はなかった。


かくして次郎法師は「我は直親の写し身となる!」と決意し、井伊家当主「井伊直虎」となった。









みんな知ってるネタバレだろうけど一応、少し空欄を開ける。












そしてその後、第20話にて、信濃より「直親の娘」であるという「高瀬」がやってくる。

つまり「直親は、信濃で隠し子を作っていた」のである。

まあ史実通りなのではあるが(笑汗)


このため妻であるしのからは、

スケコマシ!!!

となじられることになり、直虎としのによる「直親このスケコマシ野郎あの世で待っておられませ同盟」が発足(笑)

ファンからも「スケコマシ直親」という、更に有り難くない二つ名を頂戴することになった(酷)


井伊谷かるた 【す】

※この作品の「丸の中にす」は、もちろん「スケコマシ」の意味である。


後には更に、井伊谷に帰還する際に「高瀬とその母親を何の保証もせず信濃に置いていった」という事実が判明し、そのクズさ加減がますます跳ね上がる事になる。


しかもこの後、本編でのだいたいの悪役格の登場人物(例:近藤康用今川氏真武田信玄織田信長)に対して様々なフォローがされているが、直親に関しては「なんのフォローも成されなかった」。

そのため最後の最後まで「さわやかサイコパスクズスケコマシ残念なイケメン」のままであった、という「直虎」本編では非常に珍しい人物となった。


ちなみにpixivでも、だいたいこんな感じのネタキャラ扱いとなっている。


おんな城主直虎第二十話亀が鶴に・・・ (20話)

直虎20回21回より【直虎】どろろん直親くん


どうしてこうなった(笑)

で、どうしてこうなった?のかに関しては、以下の理由が上げられる。

  • 直盛の娘である井伊直虎との婚姻の約束がありながら、信濃の逃亡生活で子を成していた事。
  • 戦に出た、という記録が無く、「武将としての実績」が全く無い事。
  • 史実上、「井伊直政の父親」でしかない事。

要は、「ほとんどなんにもしていない」、という事である。


他の創作作品(例えば「信長の野望」や「戦国大戦」など)に登場しても、総じて能力値が低く、出番も少なく、扱いも悪く、井伊直虎井伊直政のオマケ扱いとなっている。


敢えてフォローをするなら、

史実では、直親は井伊直虎の9歳上であり、婚約も恋愛感情が全くない「親同士の約束事」であり、「直虎の幼馴染みで初恋の人」というのはあくまで創作上での設定である。

なので直親は、婚約の約束を無理に果たす義理は無かったのである。

しかもこの時代、結婚せずとも子を成す事は当たり前の事でもあった。


しかし、現代人の感覚からすれば、

「なーに信濃で子ども設けてるんだよバカヤロー!!!」

という事になる。

なので「スケコマシ」となってしまった訳なのである。

しかもわざわざ時代考証の先生に、この当時には当然存在しなった「スケコマシ」の語句の使用許可を得て使用されている。


「若くして亡くなった悲劇の若武者」は、今後も「不憫な扱い」のまま、であると思われる。


関連リンク

井伊直親 - Wikipedia

井伊直親とは - ニコニコ大百科

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