概要
寛永二年(1625年)、天海僧正は徳川家の安泰と江戸城鎮護のために、江戸城の鬼門にあたるこの地に寛永寺を創建した。
寛永寺建立から数十年が経つと、寛永寺境内(今の国立博物館前の噴水のあるあたり)から始まった桜の植樹が山全体に広がり、一般の人々にとっての花見の名所となった。
沿革
- 1868年7月4日 上野戦争により寛永寺伽藍の大部分を焼失
- 1873年5月 太政官達により東京府公園に指定
- 1876年5月 公園建設完成、開園
- 1876年 園内に新聞縦覧所、自働体重計(自動販売機の日本最古の記録)が設置される
- 1877年 寛永寺本坊跡地にて第1回内国勧業博覧会を開催
- 1881年 第2回内国勧業博覧会を開催、閉会後に博物館が使用する前提で煉瓦造の建物を建設
- 1882年3月20日 国立博物館および付属動物園が開館
- 1890年 帝室御料地となり宮内省の管轄に置かれる
- 1924年 宮内省から東京市に払い下げられ、この経緯から「上野恩賜公園」という名称となった
- 1933年 京成本線日暮里駅 - 京成上野駅間に博物館動物園駅が開業
- 1973年 公園指定100周年を記念して、ボードウィン博士の銅像を建立。ただし、顔がボードウィン博士の弟のものに取り違えられていた
- 1997年 博物館動物園駅営業休止
- 2004年 博物館動物園駅廃止
- 2006年 ボードウィン博士の銅像の(正しい顔への)建て替えが行われる
- 2012年 「上野恩賜公園再生整備事業」における「竹の台・文化施設エリア」の再整備工事(噴水・オープンカフェ・園路の再整備と樹木伐採)が完了
施設
日本国内でも有数の都市公園で、公園の内外に歴史建築物や文教施設が多数存在しており、一帯が文化・芸術の集合地域を形成している。
美術館
博物館・資料館
大学・図書館
その他の文化施設
歴史的建築・旧跡
- 金色殿
- お化け灯篭
- 清水観音堂
- 旧寛永寺五重塔
- 不忍弁天堂
徳川家霊廟
森鴎外旧居跡
京成電鉄博物館動物園駅跡
藤堂高虎墓
彰義隊墓所
彫像・記念碑
西郷隆盛像
ボードワン博士像
野口英世像
グラント将軍植樹碑
スポーツ施設等
不忍池ボート場
表記揺れ