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113系

ひゃくじゅうさんけい

国鉄が製造した近郊形電車、113系に関するイラストにつけられるタグ。
目次[非表示]

国鉄113系電車に関するイラストがほとんどであるため、本項目では同車について説明する。

国鉄113系電車

1963年より国鉄が製造した近郊形電車である。
101系で採用された、「MT46主電動機」の歯車比を変えるだけで特急形から通勤形まで対応できる主回路システムは優秀で、101系登場以来1962年までに2700両もの新性能電車が製造された。
そして電化区間が延びるにつれ、25‰が連続するような線区にも電車が進出した。しかし、MT46では出力が不足し、編成中の電動車の割合を高くして対応する必要があった。
そこで開発されたのが「MT54主電動機」である。このMT54は出力が20%上昇し、25‰の勾配を電動車比率1:1で運転可能なモーターである。
このモーターを111系に取り付けたものが本形式である。
115系415系とは兄弟車といった関係で、車体デザインなどはほぼ共通である。
415系は本形式の交流電化区間用といった位置づけである。なお、415系800番台はすべて113系からの改造車である。
115系は勾配のきつい路線用に製造されたため、抑速ブレーキやノッチ戻し制御などの山岳線区向けの機器や機能が装備されているが、比較的平坦な路線用の113系にはそういった装備は搭載されていない。
また、115系が山岳向けであることからよく間違われるのだが、113系と115系の電動機出力や歯車比は同じである。
18年間で2909両が製造されたが、老朽化や近郊形という理由から急速に廃車が進み、2013年4月地点では残り170両程度にまで減少してしまっている。

スペック(wikipediaより引用)

起動加速度1.6km/h/s(MT比1:1時)
減速度3.0km/h/s(常用最大)4.0km/h/s(非常)
営業最高速度100km/h(高速化改造車は110km/h)
設計最高速度100km/h(高速化改造車は110km/h)
定格速度52.5km/h(全界磁)84.5km/h(40%界磁)
全長20,000mm
全幅2,956mm
全高4,077mm
ブレーキ方式発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ


形式

113系は111系の出力増強形という位置づけから、モーターを搭載しないクハやサハといった車両は111系と共通ということになった。

クハ111

制御車。
一部の車両をのぞいてトイレが設置されている。
奇数向きは0番台、偶数向きは300番台が割り当てられている。

モハ112

パンタグラフのついた中間電動車。
モハ113またはクモハ113とユニットを組む。
電動発電機、コンプレッサーなどを搭載している。

モハ113

モハ112またはクモハ112とユニットを組む。
パンタグラフのない中間電動車。
主抵抗器、主制御器などを搭載している。

クモハ112

パンタグラフのついた制御電動車。
モハ113またはクモハ113とユニットを組む。
電動発電機、コンプレッサーなどを搭載している。
すべての車両がモハ112からの改造車である。

クモハ113

モハ112またはクモハ112とユニットを組む。
パンタグラフのない制御電動車。
主抵抗器、主制御器などを搭載している。
すべての車両がモハ113からの改造車である。

サハ111

中間付随車。
2007年5月30日で最後まで残っていた6両が廃車となり、形式消滅となった。

クハ113

JR四国がJR東日本から113系を購入し、番号を振り直した際、クハ111の奇数向き(0番台)に付与された形式。

クハ112

JR四国がJR東日本から113系を購入し、番号を振り直した際、クハ111の偶数向き(300番台)に付与された形式。

サロ110

国鉄のサービス向上で急行形のグリーン車にも冷房化されるようになり、新製冷房車を東海道本線急行列車に導入した。
それに伴い、東海道線急行に連結されていた非冷房かつリクライニングシート装備のグリーン車は山陽本線に転属した。
その山陽本線から玉突きで捻出された非冷房かつ回転クロスシートの153系グリーン車を小改造したものが本形式である。
その後冷房化などの改造が施されるも、1992年までにすべて廃車になっている。

サロ111

111系・113系オリジナルのグリーン車。
サロ153系をベースに製造されているが、車掌室がなく、その分定員が4人増えている。
その後冷房化などの改造が施されるも、1993年までにすべて廃車になっている。

サロ112

急行形に冷房付きグリーン車が次々と増備され、余剰となった153系サロ152が113系になだれ込んできた。
最終的には33両が編入改造されることとなった。
これらは1979年までにすべて廃車になっている。

サロ113

これも113系オリジナルのグリーン車である。
全車地下区間対応、冷房車で落成している。
成田空港開港に備えて奥行きの深い荷物棚を装備した。
そして幕張電車区に10両のサロ113が配置され、成田空港の開業を待ったが開港が遅れに遅れることとなった。
当時貴重であった冷房車をただ寝かせておくわけにもいかなかったため、全車横須賀線へと転用されてしまった。
この車両は1998年までにすべて廃車になっている。

サロ124/125(JR東日本)

東海道線東京口のグリーン車は一部列車で乗車率130%にもなっており、グリーン席の増強が必要であった。
その時、特急形のグリーン車が余剰になっており、それを増結することも検討されたが、増結すると16両編成に伸びてしまう。16両にするとなると問題が多く出てくるため断念せざるをえなかった。
そこで、編成両数を増やさずに席数を増やせる2階建てグリーン車が製造されることとなった。これがサロ124形/サロ125形である。
これらの形式は車齢が若かったため、後に211系に改造されて引き続き運用されたが、2014年までにすべて廃車になっている。

415系800番台(JR西日本)

七尾線


七尾線が直流電化されたのにあわせて、交流の北陸本線と直通するために交直両用電車が必要になった。
しかし交直両用車は高価であり、少しでもコスト抑えたかったJR西日本は、既存の113系と485系を改造することにした。
113系に485系の交流機器を移植し、113系は415系800番台として、485系は183系として再スタートを切ることとなった。


番台区分

0番台

1963年から製造され、東海道本線や横須賀線に投入された。
モーター出力が強化された以外は111系とほぼ同一構造である。

1000番台

横須賀線と総武線が地下路線を介して直通運転することが決定した。
しかし、長い地下トンネルを通るために不燃化等が必要とされ、それに対応すべく製造されたのがこの1000番台である。
また、横須賀線への1000番台投入で余剰となった0番台は関西地区に転用され、万博輸送に用いられた後、初代「新快速」として活躍した。

1000'番台

前述した横須賀線と総武線をつなぐ地下路線であるが、34.3‰の急勾配や曲線の連続などで見通しが悪く、中継信号機が多数必要であったことから、ATSで開業させるという当初の計画を変更し、ATC方式で開業することとなった。
そのため、ATCに対応した車両が必要となったが、1000番台をATC化するよりも新規にATCに対応した車両を製造するほうが効率的だとされ、この1000'番台が製造された。
1000'番台と後述する1500番台はATC機器設置の影響で干渉する空気笛を下部に移設してあり、外観上の特徴となっている。
また、1000'番台の第一陣は、冷房化工事準備車として落成し、113系唯一の冷房化工事準備車となった。
なお、すでに製造されていた1000番台は房総地区や東海道線東京口に転用された。

700番台

湖西線が開業するのに合わせて製造された。
湖西線の走る滋賀県北部は雪の多い地域であり、雪国の装備が必要とされたため、耐雪ブレーキや半自動ドアなどの耐寒耐雪装備を有する113系となった。
また、北陸トンネル火災事故を教訓に、難燃化・不燃化を推進する方針から、地下線向けの1000'番台と同様の基準とした。
具体的には床材に使用していた木材を塗床材を充填する構造に変更、腰掛けの難燃化、貫通路窓ガラスに線入りのガラスに変更、床下配管のダクト化、主回路ヒューズの移設などである。

0'番台

1975年3月のダイヤ改正で、山陽本線や呉線の輸送改善が実施するために、首都圏で111系を捻出する必要があった。
そこで0番台を増備することとなったが、前述の難燃化・不燃化を推進する方針から、700番台と同じような難燃化・不燃化対策を行う必要があった。
これに対応したのが0'番台である。

2000番台

80系等の旧型電車をさらに置き換えるため、113系は増備され続けたが、方針の変更などの都合でマイナーチェンジが行われることとなった。
この2000番台は、シートピッチが拡大され、座り心地を改善した他、トイレの削減を行う方針の影響で、トイレのない先頭車が新たに製造され、以降の113系の標準となった。(ただし、この方針は後に見直され、再びトイレを設置するように戻っている)

1500番台

横須賀線・総武快速線の直通用車両を増備するにあたり、横須賀線・総武快速線でも1000'番台をベースに2000番台に準じたシートピッチ改善等を行った車両を投入することとなった。
そこで生まれたのがこの1500番台である。

2700番台

草津線が電化されることとなり、湖西線と共通運用するために耐寒耐雪仕様の113系が必要となった。
その際、700番台をベースに2000番台に準じたシートピッチ改善等を行ったタイプである。
また、1983年から1984年にかけて両番台の短編成化(6両→4両)が行われ、先頭車が不足したが、その際2000番台を2700番台に改造した車両が編入され、700番台や、既存の2700番台と組み合わせて運用された。
その後、2003年小浜線電化の際も2000番台からの改造車が編入された。(ただし後述の高速化改造により、既に2700番台はすべて7700番台に改番されていたため、7700番台の追番として編入された。)

サハ113形300番台

1985年ダイヤ改正で房総地区の列車が増発されるのに合わせて、先頭車が不足した。
そのため、中央東線で余剰となった115系のサハ115形300番台を113系化改造の上、東海道線に転用、東海道線から房総地区に先頭車を捻出した。
その時に115系から改造されて生まれたのがこのサハ113形300番台である。

800番台

国鉄最後のダイヤ改正である、1986年11月のダイヤ改正で、福知山線の電化区間が宝塚から城崎(現城崎温泉)まで延伸し、ここにも113系が投入されることとなった。
しかし、この線区は雪の多い地域であり、耐寒耐雪装備が必要であった上、輸送量も少なかった。であるので、113系0番台を捻出し、耐寒耐雪化改造の上、2M2Tの4両編成と、中間電動車を先頭車化改造した2Mの2両編成を投入し、800番台とした。
中間電動車のモハ112とモハ113を先頭車化改造したことにより、113系にクモハ112とクモハ113という新形式が加わることとなった。

5000番台/6000番台(JR東海)

JR東海は冷房化を進める上で、新型のインバータークーラーを開発した。
その際、電源は直流のほうが都合が良かったため、新たに直流600Vの線を引き通した。
そのため、番台が区分され、元番号に+5000された。また、電源にSCVを搭載した車両は+5000ではなく、元番号+6000とされた。

600番台/700番台/2600番台/2700番台(JR東海)

東海道本線東京口を走るJR東日本の113系ではATS-Pの設置や、ブレーキ性能向上が行われていたため、それらに付属編成として連結されるJR東海の113系にも同様の工事が実施された。
改造当初は改番はなかったが、区別のため後から改番が行われ、600番台、2600番台、奇数向き先頭車は700番台、2700番台となった。
湖西線・草津線向けの700番台・2700番台と番号が重複する可能性があったが、そちらは高速化改造が施工され、後述する5700番台・7700番台になったため、重複は免れた。

8000番台(JR東海)

中央西線には、南木曽-贄川間に架線高さの低い区間があるため、普通のパンタグラフの車両は入線できない。
そこで走行中央西線中津川以東乗り入れるため、パンタグラフをC-PS24Aに換装し、その車両は8000番台とした。

5000番台/7000番台/5700番台/7700番台など(JR西日本)

JR西日本は221系を投入し120km/h運転を開始した。
しかし113系は最高速度が100km/hと遅く、120km/h運転の足を引っ張ることになりかねないので、110km/hに対応させる改造を行った。
その車両には元番号+5000が付与された。
また同時にテコ比変更も行われ、テコ比を変更した車両は0番台は+1000、700番台は+50、2000番台では+500と非常にややこしい番号の付け方が行われた。

クモハ113(112)形300番台・5300番台(JR西日本)

山陰線の綾部-福知山間・園部-綾部間が電化されるのに際し113系が導入された。
輸送密度を考慮し、2両編成でワンマン仕様の113系が既存のモハ112・113を改造の上で導入された。これが300番台である。
ワンマン運行に都合がいいよう、一番前の客用扉が64cm運転台側へずらされており、他の113系とはドアの位置が合わない。
また、扉は電気式半自動装置が設けられた。
京都-園部間は嵯峨野線の4両編成と併結して運転するため、園部駅での連結・開放を省力化するために自動解結装置を装備している。
塗装は湘南色であるが、ワンマン対応であることが識別できるよう、緑と橙の塗り分けの間に細いクリームの帯が挟んである。
なお、5300番台は300番台の高速化対応タイプである。

7500番台/7600番台(JR西日本)

山陰線園部以西が電化され、自動解結装置を装備した300番台が導入されたのは前述のとおりであるが、その連結先にも自動解結装置の設置が必要だった。
そのため、嵯峨野線用の2000番台に対して自動解結装置の設置と扉に電気式半自動装置の設置が行われた。
工事を行った車両は区別のため、奇数向き先頭車が7500番台、偶数向きが7600番台が付与された。
なお、その後同様の工事が5700番台にも行われたが、そちらについては改番されなかった。

3800番台(JR西日本)

福知山周辺の輸送力の実態に合わせて、800番台を2両編成、ワンマン化する工事が行われた。
その際、従来であれば先頭車化するに当たって、先頭の前面のみ別で作成したり、廃車となった車両の前面を切り取ってくるなど、何らかの方法で先頭部分を調達し、それをとりつけるといったことをする。
しかし、その方法では手間とコストが掛かるためにそういった事はせず、妻面に窓を取り付け、運転台機器を搭載した独特の前面スタイルとなった。
特に先頭車化改造された側についていた黄色の大きい全面強化板が特徴で、ファンからはゲテモノとか迷列車とか言われつつもなんだかんだで人気である。
しかし、もともと車齢の高い車両を改造したため、老朽化が進み、改造後8年で223系5500番台に置き換えられた。

クモハ113(112)形2058・2060(JR西日本)

紀勢線の輸送力の実態に合わせて、7000番台を2両編成、ワンマン化する工事が行われた。
こちらも3800番台と同じく切妻構造であるが、こちらは伯備線向けの115系と同じく切妻構造の先頭を新規製作して取り付けたようである。
改造に伴って高速化も解除され、2000番台に番号が戻っている。
2編成4両しかいない少数民族。


充当された路線

※は2012年3月時点で撤退済みの路線。

JR東日本

同社管内の113系は次々と新型電車に置き換えられていった。最後まで113系が残り、國鐵千葉とまで揶揄された房総地区各線でも2011年9月1日で定期営業運転から引退。9月23日24日にさよなら運転が行われた。

横須賀色

湘南色

JR東海

2007年3月ダイヤ改正で運用終了し全廃済。
クハ111-1がリニア・鉄道館で保存されている。

JR西日本

民営化時に772両を継承したが、JR車の投入によって大幅に数を減らしている。最近は、体質改善車の廃車も珍しくなくなった。

JR四国

JR東日本からの譲渡車が運用されている。導入に際して前面は大幅に手が加えられている。さらに中間に乗務員室を設置するなど、独特な車両に仕上げた。改造後、付随の制御車であるクハ111は番号を変更され、クハ113とクハ112となった。純粋な113系の先頭車で付随車は四国が初めての導入である


私鉄への譲渡車

過去に伊豆急行に老朽化した100系の置き換えとして、JR東日本から113系1000番台2編成8両が譲渡され200系として運用されていたが、伊豆急側は元々親会社の東急8000系で置き換えを行うつもりで、113系(と115系)の導入は8000系の廃車が発生するまでの「つなぎ」でしかなかった。
そのため早期の廃車を前提として大掛かりな改造は行われず、8000系の導入に目処が立ち次第全廃となった。

塗色パターンの例

113系


↑湘南色(車体上下『緑』+窓回り『オレンジ』)

早く夏になーれー


↑横須賀色、通称スカ色(車体上下『深青』+窓回り『クリーム』)

早朝のB快速


↑阪和快速色(車体『灰色』+帯『スカイブルー』)

関西本線快速


↑関西快速色(車体『灰色』+帯『朱』)

113系7700番台 (40N更新)


体質改善色(関西・岡山地区)、通称カフェオレ(車体『ベージュ』+窓回り『焦げ茶』+帯『青』)

113系


↑嵯峨野ワンマン色(湘南色+境界に『クリーム』)

正面画 JR西日本113系体質改善車 抹茶色


↑京都・北近畿地域統一色(抹茶一色

和歌山オーシャン色(車体オーシャングリーン+ラベンダー)

和歌山地域統一色(オーシャングリーン)

瀬戸内色(車体『クリーム』+帯『深青』)

体質改善色(広島地区)、通称ミルクオレ(車体改善色の『ベージュ』が『白』)

中国地域統一色(末期色を参照)

113系3800番台


福知山ワンマン色(3800番台)

四国の魔改造車
JR四国 113系


四国色(3色とも塗り分けは共通)

関連タグ

近郊型電車
80系 111系 115系 211系
チクビーム

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