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カカ

りかるどいぜくそんどすさんとすれいち

カカ(本名:リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ)とはブラジル出身のサッカー選手。
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人物

1982年4月22日生まれ。ブラジルの首都・ブラジリアにて生を受ける。
父はエンジニア、母は学校教師と言う中流家庭にて育つ。これはサッカーブラジル代表に選出される選手とは極めて異例(ほとんどの選手が貧困街出身)。

サンパウロFC時代

7歳のころにサンパウロに移り住み、9歳の頃に父がクラブ会員だった事もあり名門サンパウロFCの門をたたく。
しかし同世代の子供と比べ背が低く線が細かった為に、技術面でどれだけ優れていても補欠に甘んじる事が多かった。しかし後にビルドアップに成功しスタメンを獲得している。
17才の頃にクラブの経営不振から現在本田圭祐が所属するCSKAモスクワへ売却されかけたが、辛うじて残留。本人も「あそこで売却されていたら、今ほどの栄光を手にすることは出来なかった」と語っている。
しかし18歳の時に、プールで遊んでいるときに頭部を強打、頸椎を損傷しあわや下半身不随になりかけるも、極度の近視になった以外はこれといった障害を残さずに済んでいる。

ACミラン時代

2003年、当時の相場で12億円の移籍金でACミランへと移籍。この移籍劇にはJリーグの鹿島アントラーズで活躍したレオナルドが尽力している。
ここでカカは才能の全てを発揮し、1980年代以来となる黄金時代の到来を告げた。
また2008年、アメリカのタイム誌が選出する「世界にもっとも影響力のある100人」にサッカー選手として唯一選出される。アメリカにおけるサッカーの知名度を考えれば快挙と言われている。

レアル・マドリード時代

2009年にかねてより噂があったレアル・マドリードへ移籍。移籍金は92億円。
しかし持病の股関節痛を再発し、今なおACミラン時代の輝きを取り戻せずにいる。

2013-2014シーズンよりACミランに復帰。

名前の秘密

本名と登録名が違うと言うのはブラジル人選手では良くあることなのだが、カカの場合は弟が「リカルド」を上手く発音できず「カーカー」と呼んだ事から由来している。

名前が原因で移籍不成立?!

さてそんなカカという名前でカカの人生は大きく変わっている。
実はACミランの他にも、同じイタリアの名門ユベントスFCがカカの獲得に動いていたのだが、後に断念している。
というのも、カカという名前がイタリア語で「う○ち」と言う意味だった為。「貴婦人」の異名をとるユベントスとしてはクラブイメージにそぐわないという理由から断念したが、はたしてACミランでの活躍をどう見ていたのか・・・。

カカと日本

さてそんな世界的なスター選手であるカカであるが、実は日本とは思いのほか深いつながりがある。
1993年にサンパウロFCのジュニアチームと、福島県最上町の少年チームとの交流試合の為に来日。日本で試合をしている。
この時の試合でMVPに選出され、賞金5000円を獲得。「サッカーで初めて得たギャラ」として今もブラジルの実家に大切に保管していると公言している。
また、当時ホームステイした家庭と協会事務局長とは今も親交が深く、特に事務局長夫妻は「日本のおとうさん、おかあさん」と呼び慕っている。

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