概要
原作美少女戦士セーラームーンの特別編の1つ。あまり語られなかった火野レイの家族事情や、彼女の最初で最後の恋について描かれている。
この作品の発表は1993年の秋で、その時点で本編は(原作アニメ共に)ブラックムーン編の折り返し地点にあったが、このお話の時系列はダーク・キングダム編のジェダイト死亡直後である。
あらすじ
4月17日、レイの誕生日。彼女の所に、真っ赤な薔薇の花束を持った見知らぬ少年が、誕生日プレゼントに受け取ってほしいとやってくる。しかしレイは、「よろしかったら持っていって。あたくし知らない方からプレゼント頂く覚えないし、男の人に興味ないから。」と素っ気なく突っ返す。その様子を見ていたうさぎは、レイがあまり自らのことを語らない事もあって、火川宮司(レイの祖父)に話を聞くことに。レイが今の様な性格に至ったのには、悲しい家族事情が関係していたのだ。
レイの父親は政治家の仕事で多忙を極めており、滅多に家に寄り付くことはなかった。病弱だった母親の最期に立ち会わなかった事もあって、レイは父親嫌いになり、一緒に暮らすのも嫌だからと、祖父の神社へやってきたという。しかしそんな父も、年に1回ーレイの誕生日ーだけは一緒にディナーの時間を過ごしていた。その日に合わせて白い花(カサブランカ)と白いドレスが神社に贈られており、レイはそれを着て出かけていた。しかし、そのプレゼントの贈り主は父親名義であるものの、本当の選び主は、父の秘書の海堂だった。
レイがそのことに気づいたのは、小学六年の時。海堂と花屋に行って店のカサブランカに見とれていると「レイさんには白がよく似合う」と言ってくれた。その時そう確信したのだ。更に翌年の中学一年の時には、呼び出した父の都合が悪くなって急遽キャンセル。父は海堂に代理を頼み、レイは海堂と二人きりで誕生日のディナー・テーブルに着く。
内心では胸をときめかせながら、レイは表向きの冷静さを装う。
「海堂さんも、いずれはパパと同じ様に政界へ入るんでしょ?みんな言ってるわ、海堂さんはパパの後継者だって」
だが海堂は答える。
「自分の娘を不幸にはしたくないな。私は大人になりきれないから、政治には向いていない。結婚はするつもりは無い。」
最早家族では祖父しか身寄りのないレイにとって、兄の様な「良き理解者」という存在になっていた海堂。これで、レイの心は彼に完全に傾いていった。
ここまで読めば、いい話じゃないかと思えるだろう。しかしこれには、苦い続きがある。そう、それこそがレイを「男嫌い」にした出来事なのである。
ある日、レイは見知らぬ美しい女性と楽しげにデートしている海堂の姿を目撃してしまう。彼女は民主自由党トップの娘であり、レイの父は、信頼する第一秘書の海堂を彼女と結婚させることで、自分の地盤を譲って次の選挙に立候補させようと考えていたのだ。そして海堂は、恩義ある「火野先生」に勧められた縁談を断れる立場になかった。数少ない、身を寄せられる異性だと思っていたのに…。雨が降りしきる中での、悲しい別れとなってしまった。
「パパと同じ様に政治家になるのね。あたしと結婚すればよかったのに…。」
その直後、恋の悩みで霊感が鈍くなったレイの隙をついて、ゾイサイトがジェダイトの敵討ちに現れるが、うさぎ、亜美、まことが駆けつける前にゾイサイトは退散。そこでレイが、男嫌いに至った気持ちを打ち明ける。
「—もしもあたしが恋をしたら、きっとその人の全てを手に入れたくなって、全てをあたしだけのものにして、その人をダメにしてしまうかもしれない。」
「だから、恋なんてしないわ。」
まともに両親に構ってもらえなかった寂しさと海堂にフラれた悲しさから、「結局頼れるのは自分一人だけ」と悟ったレイは、「結婚や恋愛はしない」と心に決めたのだった。
更にこのお話では、レイとまことがとある店で胸の内を語り合った際、まことが「あたしも、大好きな先輩に振り向いてもらえなかった。あたしが先輩の一番近くにいる女の子だと思ってたんだけどね」と話した際、レイは「同士ね、あたし達。」と返している。⇒まこレイ
何故カサブランカの花なのか?
カサブランカとは、ユリを交配して生み出された真っ白い花のこと。だから、「そもそもイメージカラーが赤(公式プロフィールでも、好きな色は「赤と黒」である)で情熱の戦士のレイには、不釣り合いなのでは?」と思う人も多いだろう。実はこれには、次のエピソードがある。
それは、作者の武内直子女史がよく通っていた公園のホテル内のレストランで、セーラー5戦士役の声優達と食事をした後、隣の花屋に寄った時の事だ。うさぎ役の三石琴乃女史が白い花の前で「わあ、キレイな白いユリ!」と感嘆していると、レイ役の富沢美智恵女史が「それはカサブランカっていうのよ、あたしの大好きな花なの。」と言い出した。
その瞬間に武内女史は、「そうだ、レイの好きな花はカサブランカにしよう!」と決めたとのこと。原作とアニメとでレイの性格が大幅に異なってしまった申し訳なさもあって、この「カサブランカメモリー」のお話は、富沢女史に捧げるエピソードになったという。
実写版では
海堂やカサブランカの登場こそないものの、このエピソードを元に、父親との対立が更に掘り下げられている。
男嫌いを自称している点は同じだが、神社に来た理由や男嫌いの原因が異なり、実写では母親が亡くなった後神社へ預けられた上(当時レイは「自分の霊能力を忌み嫌って神社に預けたのだ」と思い込んでいた)、母の最期に立ち会わなかった父親への反抗心が、男嫌いの主な原因となっている。物語後半で父親と再会し、「本当は心の中で娘や母親のことを深く心配していた」という気持ちを打ち明けられてある程度和解した後は、うさぎと衛の結婚式で花嫁のブーケトスに向かいたそうにしていた。
原作では1コマ(しかも顔が半分切れてよく見えない状態)しか登場しなかった扱いの父親が、(不完全ではあるが)娘と再会して和解出来ただけマシであるが、政治家の仕事の多忙ぶりが幼少期のレイに悪影響を及ぼし、男嫌いのきっかけとなったという点では変わりない。
余談
「男嫌い」という言葉が独り歩きしているが、レイはあくまで「男性に対して恋愛や結婚をしない」と決めているだけであって、男性に生理的嫌悪感を抱いているわけではない。その証拠に、原作のギャラクティカ編でのスリーライツ初登場時には好意的な印象を抱いており、新アニメ版ではジェダイトの戦死に涙を見せていた。また実写版では、母親の墓参りをした際、神父に父親への不満を素直に吐露している。
また、特別エピソード「レイと美奈子の女子高バトル」では、「あたしも十番高校にすればよかったかな…」と後悔の言葉を漏らしていた事から、共学校に通う事自体に抵抗は無かったことが窺える(単に、他の4人と一緒に過ごす時間を増やしたかっただけなのかも知れないが)。
上記の台詞の「その人をダメにしてしまうかも知れない」という言葉も、「思いを馳せていた異性が別の人を好きになった時に、妬んだりして傷付けたりしてしまう様な自分は嫌だ。だから、異性に期待を求めたりしない」というものだと思われる。尚、新アニメでは男嫌いになった経緯は語られていない。
ただし、原作及びEternalのデッド・ムーン編では、タイガーズ・アイの鏡の幻術(その人の心の奥底にある願望を歪めて映し出す術)によって、「花嫁姿でタイガーズ・アイにお姫様抱っこされる姿が映し出された」ことから、恋愛感情を完全に捨て切れていない可能性がある。
そして、Cosmosのラストシーンでは、他のセーラー戦士と共に、うさぎと衛のウェディングをお祝いするシーンがあることから、この頃には結婚や恋愛に対する価値観が変わったのだろうか…。
設定資料集に描き下ろされた、特別短編『ぱられる せぇらぁむ~ん』では他の4人同様、なんと結婚して娘も出来ていたことが判明(夫は全員婿養子)。自身は引き続き巫女を務めており、旦那は神主兼教師である。
勿論タイトル通り、本編とは別のパラレル世界なので深く考えてはいけないのだろうが(舞台は「とある次元のとある星」となっている)、もし本当に結婚に至ったとしたら、何か余程のきっかけがあったのだろう。