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シュメール人

しゅめーるじん

シュメール人とは、紀元前4000~3000年頃にメソポタミアで人類史上初の『都市国家』を作った人種である。
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シュメール人とは

紀元前4000〜3000年紀末頃にメソポタミア南部に都市文明を築いた人種。
人種、言語系統、どこから来たのか、その移動経路、より古いウバイド人やその文化とのつながり等不明な点が多く、議論されているが定説は未だにない。

グデア王像などに残っているシュメル人の外見的特徴は、丸顔、太い鼻梁、眉が濃いというもの。
シュメル人というと、よく目の異様に大きい像が引き合いに出されるが、これは祈願者像と呼ばれる、神殿に奉納され、奉納者の代わりに神に祈る役割を持つものであり、シュメル人の外見的特徴を写したものではない。

ウルク期後期には楔形文字や円筒印章を発明、これらは後の世までメソポタミアや周辺地域で用いられた。

著名なシュメル人の王

ギルガメッシュ:BC2600年頃のウルク市の王、シュメル王名表によれば126年間在位。
グデア   :ラガシュ市の王、様々な遺物があり、特に神殿建立碑文はのちに初期学校でのテキストなどにも使われ、シュメル文学の基礎となった。
ウルナンム :ウル第三王朝(BC2112~2004頃)の創始者、最古の法典といわれるウルナンム法典を編纂。

シュメル人にとっての王権は天から降る(神により授けられる)ものであり、エンリルが主にその役割を担っていた。

シュメル語の文書

シュメル語が使用されていた時代の文書資料はほとんどが経済文書であり、文学などはシュメル語が使用されなくなった古バビロニア時代以降に書かれたものである。
ただし、文学そのものはウル第三王朝時代までに成立していたと考えられており、使用されなくなっていた時期にシュメル語の文学が書かれていた理由は、シュメル語が中世ヨーロッパのラテン語のような教養語としての地位になり、祭儀などの文書記述などに用いられていたため。

シュメル人の終焉

シュメル人の活動は、シュメル人による統一国家、ウル第三王朝の崩壊と共に終わりを告げる。
以降は歴史の表舞台に登場することはなく、アッカド人を始めとする様々な民族に溶け込み、消えていった。

関連

シュメール
アッカド
メソポタミア
ギルガメッシュ
メソポタミア神話
アヌンナキ


参考

古代オリエント事典:日本オリエント学会編
世界美術大全集16 西アジア編:小学館

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