アッシリアは現代でいうイラクの北部地域からシリア東部に至る、チグリス川とユーフラテス川の上流域に当たる地域を指す名称。つまりはメソポタミア北部のことである。大部分は広大な砂漠である。中心都市はモースルであり、その近郊にあったニネヴェ(ニヌア)の遺跡はかつての古代アッシリア帝国の首都であった。
古代アッシリア王国は当初アッシュール、後期にはニネヴェを首都として発展し、最盛期にはメソポタミアからシリア、エジプトまでも支配する世界帝国となった。アッシリアは鉄製の武器と戦車に加えて騎馬戦術を採用している。そして前9世紀から活発な征服活動をくりひろげ、征服地を属州として総督を派遣して直接統治し、一部は服属した王に統治をゆだねて属国とした。この帝国統治の方法は、アケメネス朝やローマ帝国にも継承されたが、アッシリアの統治方針はティグラト・ピレセル3世(在位前745~前727)が強制移住政策を採用したように強圧的なもので、しばしば各地の反乱をまねいた。イスラエル王国を滅ぼしたサルゴン2世(在位前721~705)も、イスラエル人を本国に連行している。最大版図を実現したアッシュール・バニパル(在位前668~627)はニネヴェに大図書館を造ったことで知られるが、王のあと後継問題から混乱が続き、前612年にはメディアと新バビロニアの連合軍にニネヴェを占領され、前609年にはアッシリア帝国は完全に滅亡した。
現代ではアラブ人とクルド人が対立する舞台となったりISILの支配圏となるなど、不安定な情勢が続いてきた。2017年にイラク政府軍がISILからモースルを奪還したばかりである。ニネヴェの古代アッシリア大図書館遺跡からはギルガメッシュ叙事詩の重要な発見がなされた。