ブラジルのオオハシ
1970年代、ブラジルのエンブラエルはターボプロップ練習機EMB-312ツカノを開発する。
最初からターボプロップ練習機として設計され、プロペラ練習機として射出座席を標準装備した世界初の機体であったツカノは、1980年代から中南米諸国を中心に世界各国へ輸出された。
このツカノは、他の練習機の例に漏れず武装して軽攻撃機として使用する事も可能であり、麻薬密輸組織との戦いが絶えない南米では、しばしば武装して実戦投入されていた。
その人気は中南米だけに留まらず、遂にはイギリスでもショート社で独自改良の上ライセンス生産が行われ正式採用された上に、ケニアとクウェートへ独自の輸出も行われた。
そして、1990年代のアメリカの次期練習機導入計画である「統合基本航空機訓練システム計画(JPATS計画)」にもアメリカの要求に合わせて改良を加えたEMB-312Hで応募したが、こちらは残念ながら採用されなかった。
それでも、ツカノは最終的に600機近くが生産された、ターボプロップ練習機のベストセラーのひとつとなったのである。
ちなみにツカノとはオオハシの事。
スーパーツカノ誕生
しかし、時代はツカノが潰える事を許さなかった。
21世紀が迫っても、ブラジルでは麻薬密輸組織と戦いが続いており、このための新型軽攻撃機が必要とされた。
そこで、アメリカに提案されながらも不採用になったEMB-312Hをベースに、本格的な軽攻撃機としてさらなる改良が加えられて誕生したのが、EMB-314「スーパーツカノ」である。
エンジンがパワーアップした事でプロペラが5枚に増えた上に、主翼内にはM3P 12.7mm重機関銃2丁を内装。まるで第二次世界大戦時の戦闘機に回帰したような姿になった。
さらに、それまでのCOIN機とは比べ物にならないほど充実した装備を持つ。
主翼下には最新の誘導爆弾や空対地ミサイルだけでなく、空対空ミサイルまで装備可能。「プロペラ機に空対空ミサイル装備したってジェット戦闘機には勝てないだろ?」と思うかもしれないが、これは麻薬を密輸しようとする民間航空機に対抗する事を想定したものである。そんな航空機は大抵、アマゾンの密林に隠された飛行場からでも離着陸できるプロペラ機であり、それなら高価なジェット戦闘機を使わなくともこちらもプロペラの軽攻撃機で対処すればいい、というのが麻薬密輸組織との戦いなのである。
後に、胴体下に索敵・レーザー照射用のセンサーターレットを追加装備した機体も登場した。
レーダー・ミサイル警報装置やチャフ・フレアディスペンサーも標準装備し、それまでのCOIN機の弱点であった防御面にも対策が施されている。
コックピットも最新の戦闘機と同等のグラスコックピットであり、これと最新のシミュレーションシステムを組み合わせる事で、戦闘機パイロット向けの高等練習機としても使用できる。
ちなみに、単座型と複座型の両方が存在し、単座型は後席部分を塞ぐことで単座化が行われている。ブラジル空軍では単座型をA-29、複座型をAT-29と呼称しているが、この形式はブラジル以外でも広く認知されているようだ。
21世紀の軽攻撃機
スーパーツカノは2003年から本国ブラジル空軍への引き渡しが始まったのを皮切りに、お膝元の中南米諸国はもちろん、麻薬密輸組織やゲリラとの戦いに明け暮れるあちこちの国からたちまち人気を博した(チリのように練習機として採用した国もある)。
遂には、アメリカでも採用され国内組み立てまで行われる事になった。
とはいっても、これは内戦が続くアフガニスタンへ供与するために採用したもので、アメリカ空軍が正式に採用した訳ではない(一応アフガニスタンのパイロットを訓練するための飛行隊はアメリカ空軍にある。その後肝心のアフガニスタンがタリバーンに政権を掌握されてしまいアメリカの援助で再建された空軍も事実上崩壊。アメリカで運用する意味はなくなった…と思いきや、現在も他の友好国向けの訓練用として引き続き運用されている)。
アメリカ空軍もA-10を補完する軽攻撃機としてスーパーツカノに大きな関心を寄せてはいるものの、この軽攻撃機導入計画は情勢の変化で二転三転しており、本当に採用されるかどうかは未知数である。
さらに2023年4月には、NATO仕様に改修したA-29Nを発表している。NATO規格の装備に加え、訓練システムにも仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、複合現実(MR)といった最新技術が導入されているとの事。