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ペプシ

ぺぷし

飲み物の商標。アメリカで1898年に生み出され1902年にペプシコーラ社(現在のペプシコ・インク)から発売され始めた商品「ペプシコーラ」の略称。および、同社が開発した一連のコーラ飲料のブランド名。
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概要

酵素のペプシンに因んでペプシコーラと名づけられたらしい。

実は、企業としてのペプシコーラ社は、第一次世界大戦による砂糖価格の極端な変動のあおりを喰らい、1922年に経営破綻した。しかも、再建途上では、なんとライバルのコカ・コーラへの身売りも(マジで)考えられていた。

その後、ビール瓶に詰めて価格のダンピングをしたり、自動販売機を活用したりすることによって、ようやくまともにコカ・コーラと渡り合えるようになった。

そんなペプシだが、それでも1970年代末ごろから一時期、米国内ではコカ・コーラを抜いてトップに躍り出たことがある。
この時のペプシのCEOが後にMacintoshの「育ての親」となるジョン・スカリーである。

日本での展開

日本での販売は1956年に本格的にスタート(実は1947年から進駐軍用として輸入されてはいた。また、第二次世界大戦終了後はアメリカの統治下におかれていた琉球では一足早く1954年から製造・販売が行われてはいた)。だが、コカ・コーラに対しボトラーの設立に遅れは取るわ商品展開で転倒するわと散々な有様で、挙げ句の果てにはつぶれてしまうボトラーが現れる有様だった。

そこでアメリカ本国のペプシコ・インクは「これはまずい」とばかりに、よその国の売り上げアップに辣腕をふるった人物を日本に送り込み、積極的且つ挑発的な宣伝を打ったりして、なんとか日本市場に食い込もうとした。

ところが、今度はペプシコ・インクの経営が怪しくなったことから、1997年、サントリーに日本での事業をすべて譲り渡した。しかし、それで済めば良かったのだが、ボトラーのひとつだったビバックス(中国・四国地方のペプシを取り仕切っていた、宇部興産系の会社)が、「ふざけんな!わしゃキリンビバレッジさんとこのベンダーになるわ!!」とばかりに裏切ってしまった。ゆえにサントリーは中国・四国地方向けのベンダーを設立するハメになってしまったのだった。ちなみに、ビバックスは、後にキリンビバレッジの子会社になっている。

なお、日本市場のかつての主力商品であったペプシネックスゼロは、実は日本限定商品且つ、ペプシコ・インクが全く関わっていない、サントリーオリジナル商品である・・・・・・・人の褌で相撲取るなよサントリー。しかもサントリーは、1960年代に、ロイヤルクラウン・コーラというコーラを発売していた。
ペプシネックスゼロは2015年5月限りで販売を打ち切っているが、その代替製品として強炭酸コーラ・ペプシストロングシリーズの販売を開始し、現在に至る。こちらも日本でしか入手出来ない。

関連タグ

飲み物 炭酸飲料 コーラ PEPSI ペプシコーラ
マウンテンデュー ダイエットペプシ ペプシNEX
ペプシキューカンバー ペプシあずき ペプシしそ
ペプシマン ブルーローズ
PEPSI俺フレーバーイメージレスポンス用素材

ダイヤモンドは砕けない:あるシーンでペプシの看板が登場。アニメ版でも再現されており、こちらに関してはサントリー公認。

関連リンク

PEPSI - サントリーホールディングス株式会社のウェブサイト

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