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マラート

まらーと

1921年3月31日にガングート級戦艦2番艦「ペトロパブロフスク」が改名して「マラート」となった。1943年5月31日に「ペトロパブロフスク」に戻る。
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概要

ロシア帝国海軍ガングート級戦艦の2番艦「ペトロパブロフスク」として建造される。1909年起工、1911年進水、1914年竣工。

ロシア革命後は赤色海軍で運用される。
1921年3月、艦上でボルシェビキ独裁に不満な水兵による乗組員集会が開かれ、ボルシェビキ政権打倒を目指し蜂起するが、赤軍に鎮圧される(クロンシュタットの反乱)。
3月31日にフランスの革命家ジャン=ポール・マラーに因んでマラートに改名された(他のガングート級戦艦も革命に因んだ名前に改名されている)。

1937年5月20日、「ジョージ6世戴冠記念観艦式」にソ連を代表して参加。

独ソ戦開戦後、レニングラードで地上部隊を艦砲射撃で支援していたが、9月23日Ju87の対艦用1t爆弾が第一煙突付近に命中し大破着底。応急修理によって砲撃能力は回復するも、航行機能については戦後に修復が行われた。

最終的には、「ヴォルホフ」と改名され、戦艦から砲術練習艦になった。

1953年に除籍。

性能諸元

常備排水量23,360t
全長181.2m
全幅26.6m
吃水8.4m
機関重油・石炭混焼水管缶25基+パーソンズ式直結タービン4基4軸推進、42,000hp
最大速度23kn
兵装1907年型52口径305mm3連装砲塔×4基、1905年型50口径120mm単装砲×10門(竣工時16門)、1935年型55口径76.2mm単装高角砲×6門、37mm機関砲×14門、12.7mm機関銃×10挺、7.62mm機関銃×89挺、45.7cm水中魚雷発射管×4基


余談

先述の通りスツーカの攻撃によって着底し、戦闘能力を一時的に失うことになったのだが、正直これは相手が悪かったとしか言いようがない…
なにせ乗っていたのはコイツだったのだから↓

とある独逸の戦車殺し


ハンス・ウルリッヒ・ルーデル
そう、ドイツ第三帝国が生み出した空の魔王の異名を持つ爆撃機パイロットである。

ルーデルはダイブブレーキなしで直角に急降下し900フィート付近で投下をおこなうと言う危険極まりない機動を行っている(爆弾の爆発に巻き込まれる恐れがあるため、通常3000フィート以上で投下する)。
ちなみに着任3ヶ月目アンタ本当に人間か!

歴史上航空火力で沈められた戦艦は他にもあるが、いずれも制空権を喪失した状態で多数の航空火力にフルボッコにされた結果であり、個人単位でカウントされる戦艦は後にも先にもマラート一隻である。当時のソ連には他にまともな戦艦がなかったためであり、ソ連海軍のお寒い台所事情も透けて見える。

これらのことから、「ルーデル閣下の餌食になった艦」「爆弾一発で沈められた戦艦」と、少々不名誉な形で名を知られているマラートであるが、そもそも起工が第一次世界大戦前の弩級戦艦(超弩級ではない)であり、当時の艦齢は27年と、一般に軍艦の寿命とされる30年を目前にした、ロートルもいいところの老朽艦であった。
また、長い内乱で酷使された上、ろくに修繕もされずに第二次世界大戦に駆り出されて、ボロボロの状態であったことはマラートの名誉のために追記しておきたい。

でも戦艦はたった一人で沈めるものじゃありません。

一方で……

ルーデルに「撃沈」されたはずのマラートもしぶとかった。
艦の前半部を喪失し、着底して航行の自由を失いながらも、なお後部に残された砲でレニングラードを包囲するドイツ軍にお礼参りを繰り返した。手こずったドイツ軍は重砲まで動員してマラートを仕留めようとするが、マラートも装甲の追加、空所へのセメント注入で補強を繰り返し、ドイツ側は遂に止めをさせずに終わった。
1942年末にマラートの主武装は取り外され、陸上基地に移設されている。

関連タグ

戦艦 ソ連 海軍 ペトロパブロフスク

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