概用
ロシアの科学者。彼の功績といえば元素の周期表を考案したこと。法則性に沿って元素を並べた表を考案した。発表当時は否定的な意見もあったが、表の空欄部分に新しい元素が発見されていったことにより信用を得た。
1906年にノーベル賞の候補にもなったが、わずか1票差で落選してしまった。
翌年になくなっているため、もっと長生きしていれば間違いなく受賞していたことだろう。
彼の功績を称えて、後の時代に発見された元素にメンデレビウムという名前がつけられた。ほかにも駅などの名前にもなっている。
一方私生活では、26歳年下の女性に惚れてしまい、その女性と結婚するために妻と離婚するといったひどいエピソードもある。宗教上の理由で離婚後すぐに再婚できなかったため、司祭を買収して再婚に漕ぎつけた。
余談
彼にはロシア海軍で技師をしていたヴァシリー・メンデレーエフという息子がいたが、彼は1911年にメンデレーエフ戦車という兵器を構想した。しかしこの兵器、設計図まで書いたものの結局資金不足を理由に試作されることすらなかった。