概要
プロフィール
時代 | 鎌倉時代中期 |
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生誕 | 嘉禄3年閏3月20日(1227年5月7日) |
死没 | 弘安2年5月24日(1279年7月4日) |
官位 | 従二位、右兵衛督 |
主君 | 四条天皇→後嵯峨天皇→後深草天皇→亀山天皇→後宇多天皇 |
氏族 | 御子左家 |
父母 | 父:藤原為家、母:宇都宮頼綱の娘 |
兄弟 | 為氏、為教、為顕、為相、為守、源承、慶融、隆俊、最瑜、良瑜、為子 |
妻 | 三善雅衡の娘 |
子 | 為兼、為子 |
経歴
嘉禎元年(1235年)に従五位下、後に左兵衛佐、右少将、右中将、蔵人頭となり正嘉2年(1259年)に従三位、右兵衛督となる、文永5年(1272年)に従二位となった。
人物
続後撰和歌集に和歌が収録されている、兄為氏とは不仲であり後に京極家を興し為教の死後二条家と対立することになった。