概要
西澤保彦によるSF+ミステリ小説。1996年刊行。
人格の入れ替わりというSF的な現象を取り上げているものの、事件の推理はあくまで現実に即したロジカルなものとなっている。(同作者の小説七回死んだ男なども同様の作風である)
人格の交換というネタは元々は弓月光の短編漫画「笑って許して!」から着想を得たものらしい。
クローズドサークルの中で生じる殺人事件や誰が犯人なのか分かっているのに分からないという鬼気迫る展開が特徴だが、登場人物は非常に個性的でどこかコミカルさも感じられる。
また、終盤にかけて畳みかけるこれまでの前提が一気に覆されるどんでん返しなどは圧巻。
1997年のこのミステリーがすごい!では10位にランクインした。
あらすじ
時は1970年代、アメリカ合衆国はカリフォルニア州S市に存在する不思議な装置「スイッチ・サークル」について、CIAを筆頭に極秘裏に調査を行っていた。
宇宙人が残したとも噂されるこの装置は、複数人の人間が入ると一定の法則にしたがい、人格を入れ替えるという機能を持っていた。
しかしその原理は杳として知れず、人類の手には負えないとしてプロジェクトは頓挫してしまった。
それから約20年後、S市のとある大型ショッピングモール。
クリスマスの近づいたある日、モール内の小さなファストフード店「チキンハウス」の従業員と客たちは、突然の巨大地震により避難を余儀なくされる。
彼らが咄嗟に逃げ込んだのは、プロジェクト頓挫後に手つかずで放置されていた「スイッチ・サークル」だった。
人種も出身地も言語も異なる老若男女6人は、訳も分からないまま「入れ替わり」の被害者となり、CIAの手によって世間から隔絶された施設に連れて行かれ共同生活を送ることになる。
しかし、脱出不可能の閉鎖空間で次々に謎の殺人事件が起きる。
犯人の人格は誰で、目的は一体何なのだろうか?
登場人物
- 苫江利夫
語り手の日本人男性。読み方は「とま えりお」。33歳。アメリカの大学院を修了していることもあり、流暢に英語を操る。
エリートサラリーマンだが、結婚を控えていた女性にふられたことで自暴自棄になっており、自己評価も非常に低い。
本編中では英語の分からないメンバーに対して翻訳を行ったり、喧嘩の仲裁を行ったりする苦労人でもある。
- ジャクリーン・ターケル
本作のヒロインでイギリス人女性。24歳。イギリス英語を喋る。
美人女優だがあまり売れておらず、ハリウッドスターを夢見て渡米してきた。
入れ替わりの被害に遭った6人の中では紅一点。非常に高飛車で傲慢な性格だが、物事を冷静に見極める理知的な一面も存在する。
- ボビイ・ウエッブ
「チキンハウス」の店員。黒人系アメリカ人で、黒人訛りの英語で話す。
普段は素行不良の16歳の高校生だが、大人顔負けの冷静さと協調性をもつこともあり、江利夫と意気投合した。
- ランディ・カークブライド
南部訛りの英語(関西弁で表現されている)で喋る52歳の中年オヤジ。
日本人全般を嫌っている上に誰に対しても喧嘩を吹っ掛けるが、美女を見ると鼻の下を伸ばす。
作中で最初にジャクリーンの肉体に乗り移っており、大興奮で乳や股間を堂々とまさぐる(※本人の目の前で)などのセクハラに興じていた。
- ハニ・シャディード
28歳のアラビア人男性。アラビア訛りの拙い英語で喋る。
外見はハンサムだがかなりのナルシストかつゲイであり、入れ替わり先で自分自身の身体に興奮し一線を越えてしまう。
- アラン・パナール
フランスからの留学生で、20歳の大学生。幼少期に日本で暮らしていたため日本語が上手いが、英語は苦手。
綾子の前では誠実そうな彼氏に見えるが、彼女の目の前で他の女性を口説こうとする(しかも、弱みを握って肉体関係を持とうとしている)など、ろくでもない男のようだ。
- 窪田綾子
日本からの留学生で、19歳の大学生。英語は苦手。
アメリカの大学で友人ができず鬱屈していたところアランという彼氏ができて有頂天になっており、他人を見下すような言動をとっている。
地震の際にスイッチ・サークルの手前でマフラーで首を絞められて殺されており、彼女の死が本作の一連の事件の発端となる。
- ダニエル・アクロイド
スイッチ・サークルの研究プロジェクトの責任者。
化け物のような強面だが、性格はちょっと子どもっぽく我が強い一面がある。
研究中の事故でジンジャーと入れ替わり事件を起こしてしまい、そのせいで男性でありながら妊娠・出産するという稀有な体験をした。
- デイヴ・ウイルスン
アクロイドの専属護衛。中性的な美男子だが、態度や口調は若干チャラい。
アクロイドからはあからさまに嫌われているが、「ダニー」と親しげに呼んでいる。
- ジンジャー・ピンホルスター
アクロイドの妻。元々は部下だったが、アクロイドと入れ替わり事件を起こしてしまったことがきっかけで結婚する。
作中では、不細工だが清楚な雰囲気のある女性として描写されている。
用語解説
- 人格転移
本作における入れ替わりのこと。スイッチ・サークルに入った複数人の人間の間で生じる現象。
一度転移して終了ではなく、その後しばらくして再び人格転移が生じる。この現象はマスカレードと呼ばれており、入れ替わる順番は一定だが、周期は不定な上に死ぬまで続くとされる。
3人以上のグループで死者が出た場合はその死者を飛び越える形で入れ替わりが続く。そして、最後の1人になればもう入れ替わりは起きない。
- スイッチ・サークル
カリフォルニア州S市に存在する円筒状の謎の装置。外見はシェルターのようにも見える。
この部屋に複数人の人間が入ると仕切りが現れ、人格転移が生じる。
- 寮(ドーム)
入れ替わりの被害者たちが連れてこられた、脱出不可能の謎の施設。
おそらく南半球のどこかの孤島にあると思われる。元々は20年前にスイッチ・サークルの研究の被験者たちが暮らしていた施設である。
「自我牢」とよばれる寮にはそれぞれ大きく番号が記されており、咄嗟のマスカレードにも対応できるようになっている。