曖昧さ回避
概要
全身に8頭の龍(八大龍王)の飾りが施された鎧。保元の乱の時、河内源氏の棟梁・源為義は八男の為朝に与えた。ところが巨漢の為朝は着用出来なかったので、同形式の白糸縅の鎧を新たに作製させて身に付けたとされる。為朝着用の八龍は「大型八龍」ともいう。
また平治の乱の際には源義平が着用していたが、敗走中に美濃の山中で抜き捨てられた。後日、末弟の義経の手に渡り、屋島の戦いで功績を上げた小林神五宗行に与えられたといわれている。
尚、後世には鎧の代名詞的存在となり、龍の飾りを付けた甲冑は皆この名で呼ばれるようになった。時代は下って今川義元も織田信長に討たれた桶狭間の戦いの時には八龍の兜を着用していたとされる。というか源氏八領の鎧の大半は鎧のカテゴリ名化してしまっている。(例「楯無」)。