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吉田定経

よしださだつね

吉田定経とは平安時代末期から鎌倉時代初期の公卿。
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概要

吉田経房の子、官位は従三位・参議

プロフィール

時代平安時代末期-鎌倉時代
生誕保元3年(1158年)
死没寛喜3年2月14日(1231年3月19日)
官位従三位、参議
主君高倉天皇安徳天皇後鳥羽天皇土御門天皇順徳天皇仲恭天皇後堀河天皇
氏族吉田家
父母父:吉田経房、母:平範家の娘
平親範の娘、源定房の娘
子女資経、ほか


経歴

保元3年(1158年)に誕生、後白河院の半官代となり以降は弁官・蔵人頭となり建久8年(1197年)に参議、正治元年(1199年)に従三位となるが同年に出家したことで父に義絶された。寛喜3年(1231年)に死去。

外部リンク

吉田定経 - Wikipedia

関連タグ

公家 鎌倉時代 吉田家(甘露寺家)

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