ただ言えることは、多くの人にとって 『特別』な時間は、そう長くは続かない…。
概要
『若葉繁れる』の20話のサブタイトル。
第2部『黒薔薇編』のハイライトとなる重要なエピソードで、ファンの中でも評価が高い。
脚本は月村了衛、絵コンテは橋本カツヨ(細田守)。
ストーリー
冬芽の策略にはまって鳳学園を追い出された副会長・西園寺莢一。
女子の間では彼の行方を案ずる声が囁かれていた。
そんな中、篠原若葉は夕暮れの帰り道、雑貨屋でお揃いの羊のマグカップを購入し自宅の寮へと急いだ。
自室に帰り着いた若葉は、待ち遠しかった彼の声で出迎えられる。
「おかえり」
声の主は、西園寺莢一。
若葉「…ただいま」
笑顔で彼女はそう返した。
退学になった西園寺は行くあてもなく、結局学園に戻ってきてしまったのだ。
そんな彼を、若葉は自室にかくまうことにした。
西園寺は若葉のその優しさに日々感謝していたが、迷惑はかけられないとすぐに部屋を出て行こうとする。
しかし若葉は一緒に学園に戻れる日まで頑張ろうと引き止め、感激のあまり西園寺は泣き出してしまうのだった。
そこへ突然若葉の友達が来訪してくる。
西園寺は慌てて隠れ、若葉は必死でその場を取り繕いつつ適当な理由をつけて友達を追い払った。
ベッドの下から黒いGのような動きで這い出た西園寺はさわやかに誤魔化し、二人とも親しげに笑いあう。
若葉はずっと西園寺が好きだった。
たとえ今まで近づくことすらできなかったとしても。
懸命に書いたラブレターを捨てられ、誰かに張り出されて恥をかいたとしてもだ。
それからずっと、若葉はウテナや友達の誘いを断っては寮に直帰する。
そして、彼女は学園生活を生き生きと満喫し始めた。
勉強・スポーツ・合唱・友人関係と、輝いている彼女を見て親友のウテナは「綺麗になった」と褒める。
若葉は自分に言い聞かせるように呟く。
「今の私は特別。この秘密がある限り、そう、特別なの!」
理事長室で若葉の話を暁生にしてみるウテナ。
何故若葉は最近あんなに輝いているのか、ウテナは不思議で仕方ない。
すると暁生は言う。
「あなたにはわからないでしょうね、選ばれた運命を生きるあなたには」
「世の中には特別な人々がいます。突出した個性や魅力を持って生まれ、常に注目されている。そう、例えばあなたのように」
そんな自覚もないウテナは面食らうばかり。
「ほら、あなたにはそんな自覚はないでしょう?それはあなたが生まれつき『特別』だからですよ」
その暁生の言葉にも、ウテナには理解できなかった。
「ボクはただ、若葉が幸せならそれでいいんだ」
一方、西園寺は若葉から渡された食事代で彫刻刀を買い、木彫りの髪飾りを作っていた。
ある日作りかけの髪飾りを若葉の頭に飾らせ、君の真心へのお礼と言って微笑んでみせる。
若葉はそれが嬉しくて、ただ泣きながら礼を言うのだった。
「そんな…これだけで私、十分です…」
ある日、生徒会のその後を西園寺に報告していた若葉だが、彼から「アンシーはどうしてるかな」と聞かれる。
平静を装う若葉だったが、その心中は不安で一杯になった。
西園寺は学園に戻りたがってる。もし戻れば自分のことなど、彼は忘れてしまうに違いない…。
そして、完成間近の髪飾りを作る西園寺の前に、突然黒薔薇会の御影草時が現れた。
学園に戻れず、場末で時間を潰している西園寺を嘲笑う御影。
不快な表情を露わにする西園寺を前にして、御影は取引を持ちかける。
「どうでしょう?一つ我々の力で何とかしようじゃありませんか」
西園寺は半信半疑ながらも承諾した。
「分かったよ。僕は代わりに何をすればいい?」
「そうですね…君の持っているものの中で一つ、欲しいものがあるんです。なあに、大したものじゃありませんよ」
浮かない顔をして帰り道を歩く若葉。そこで一人の女生徒とすれ違う。
それを見た若葉は愕然とした。
その少女―――姫宮アンシーの頭には、あの葉っぱの髪飾りがあった。
根室記念館の懺悔室。
俯いた若葉が心情を吐露する。
「彼にどれだけ尽くしても、どんなに彼のことを想っても、結局彼の心は初めからその女のものだったんです」
「その女は自分だけ『特別』という顔をして、何もかも私から奪い取っていくんです!私はどうしてもその女を許すことができません!」
「恋でも勉強でも、私は所詮その他大勢の一人でしかないんです。特別な人たちとはまるで世界が違うんです」
「でも…彼と一緒にいさえすれば、私も特別になれました。もう少しで生まれ変われるところだったんです」
「なのに…なのにあの女は…あの女は…!」
懺悔室は地下に辿り着く。
御影「分かりました。あなたは世界を革命するしかないでしょう」
御影と取引を済ませた西園寺は、「あんなもの一つで僕の願いを聞いてくれるなんて…」と、意気揚々と学園に復帰するために荷物をまとめていた。
そこへ若葉が現れる。
髪飾りはどこかと聞く若葉に対し
「あれは事情があって君に渡せなくなった。だが安心してくれ、君にはもっと高価な品を見繕うつもりだから」
「そうそう、出来れば郵送にしたいのだが…届け先はここでいいのかな?」
と悪気なく言う西園寺。
すると若葉は「私はもっといいものを手に入れた」と腕を差し出す。
その左手には黒薔薇の刻印が。
若葉は西園寺の胸から、無理矢理心の剣を引き抜いた…。
ウテナ「あれ?狐の嫁入りだ」
~影絵少女C子~
キツネ少女は晴れた日に雨が降らないとお嫁に行けない。
一方、ウサギ少女は晴れた日に雪が降らないとお嫁に行けない。
キツネ少女を羨ましがるウサギ少女。
ウテナ「行かなきゃいいじゃん」
泣きだすウサギ少女。
挑戦状を受け、決闘場に向かったウテナは愕然とした。
机の上には色違いの髪飾り。
口上を言う黒薔薇のデュエリストに狼狽するウテナに対し、「私から剣を抜いてください」といつも以上に切迫して言うアンシー。
しかしウテナには戦えなかった。目の前の相手が親友の若葉だったからだ。
すると若葉はウテナが剣を抜くのを待たずしてアンシーに日本刀で斬りかかった。
若葉「私はその女を殺す!西園寺様の心を奪った、その女を!」
~♪『幻燈蝶蛾十六世紀』
アンシーを庇うことしかできないウテナは若葉に呼びかける。
ウテナ「どうしてなんだ!?あの輝いていた若葉がどうして!」
若葉「お前には分からない!分かる資格などない!」
若葉に一方的に斬りかかられ、倒れるウテナを若葉が髪を掴んで罵倒する。
若葉「お前も!その女も!生徒会の連中も!皆私を見下しているんだ!」
「何の苦労もなく、持って生まれた力を誇ってな!」
「だからお前たちは皆平然と…人を踏みつけに出来るんだあっ!!」
血を吐くような叫びと共に刀を振り下ろす若葉を、ウテナが懸命に制す。
ウテナ「ボクにはわからないことがいっぱいある。でもこれだけははっきり分かってる。君はボクの大事な友達だってことさ」
素早く、若葉の手から刀を奪い、その手で若葉の黒薔薇を散らすウテナ。
倒れかかった若葉の手をウテナはずっと握っている。
若葉の目から涙が零れ落ちた…。
西園寺を「道化ならばいた方が面白い」と嘲笑いながら、デュエリストの棺桶を火葬する御影。
その棺桶に、御影は髪飾りを放り込んだ。
翌日、何事もなかったかのように西園寺は女子の歓声に出迎えながら復学した。
その様子に呆れる七実他の生徒会。
夕暮れの中、若葉は一人寮へと帰っていく。
部屋に帰り着いた若葉だが、そこにはもう誰もいない。
若葉「ただいま…」
【解説】
サブキャラクターの心の裏側に迫る『黒薔薇編』だが、今回はその側面を十分に発揮した。
特に「主人公の明るい親友」であった若葉の、心に潜んだどす黒い嫉妬と劣等感はそれまでのファンに衝撃を与えた。
今回の決闘のテーマが「限界」であるあたり、それを象徴している。
それとは対照的に映るのが主人公のウテナである。
彼女は親友の内面に気づかず、ただ表面だけを見て狼狽するばかり。狂言回しとしての役割しか与えられていない。
そういった彼女の純真さ、悪く言えば鈍感・無知さを、敢えて表現したことで作品としての深みを出したのだろう。
しかし、若葉の西園寺に対する感情は純愛ではない。
彼女もまた、自分が「特別」でありたいがために、西園寺との蜜月に酔いしれていただけだった。
そうした、一般人の誰もが抱く打算的な劣等感もまた、明確ではないものの鋭く描いている。
ちなみに、この後若葉は大分吹っ切れ、第3部では暁生にミーハー心を丸出しにしている。
一度は振った風見達也とも、何だかんだで上手くやっているらしい。
なお、アンシーが何故髪飾りをつけていたかについては…
アンシー=馬宮の伏線である。