概要
東方Projectに登場する秦こころによる能楽の演目の一つ。
こころが生み出した演目であり、作中で語られている範囲で、かつ明確な題目を伴った演目としては
『東方心綺楼』での宗教戦争をデフォルメした作品である「 心綺楼 」に次ぐ新作(『心綺楼』または『東方鈴奈庵』)。
作中では演目自体の様子ではなく、その公演の様子と反響とが射命丸文の取材を通して語られている。こころの舞う能楽は作中では「暗黒能楽」とも分類されており、文執筆による「文々春新報」によれば、「 現代暗黒能楽 」ともされる(『東方文果真報』)。
公演と反響
「恋する人形焼き」はこころを構成する66のお面から選抜された48のお面によるユニットである「 KKR48 」によって演じられるラブストーリーで、その概要が文々春新報を通して語られている(『文果真報』)。
記事誌面にはこの公演の際のものと思われる写真(実際の作中では挿絵)が掲載されており、様々な面とこころの姿がとらえられている。
この際のこころのポーズは実際の2016年10月以降(『文果真報』発表の約半年前)にテレビドラマを通しても流行したとあるダンスを彷彿とさせる特徴的なポーズともなっている。
モデルとなった実際のダンスの元である歌は「多様な恋」をモチーフとしており、「恋する人形焼き」もまた多様な種族が生きる今日の幻想郷(及び幻想郷につながる世界)が描かれる東方Projectならではの、人間以外の種族と人間との恋愛という独自の多様性を描くものともなっており、原曲のコンセプトとも共感する部分を持つ、オマージュといえるものとなっている。
『文果真報』周辺の時間である『東方憑依華』においても「 中々表情豊かにならない 」(博麗霊夢評、対戦モード、対こころ勝利セリフ)、「 まだ表情が硬い 」(聖白蓮評、対戦モード、対こころ勝利セリフ)、「 仮面の下が能面とは味気ない 」(二ッ岩マミゾウ評、対戦モード、対こころ勝利セリフ)と評される無表情のこころであるが、無表情のこころであるが故に、舞い語る「 ピュアなラブストーリー 」である「恋する人形焼き」もまたその独特な深みを増していくなど、そんなこころならではの魅力がある。表情豊かな演じ方とはまた違った、見るものの想像をかきたてる様があるのだろう。
例えば実際に公演を鑑賞した文々春新報は「 無だからこそ全てを吸収し、純粋な形で解き放てる 」のではともしている。
能楽自体も役者本人による表情ではなく多様な能面を通した感情表現を行うものであり、お面の付喪神であるこころもまた「恋する人形焼き」においてもこのコンセプトを自ら体現しているとも言えるだろう。
顔の表情こそ無表情の反面、こころ本人の感情は非常に豊かで、身体表現・アクションもまた非常に豊かであるため、舞による作品表現もまた感情に富んでいる。
八雲紫などもこころについて、「 貴方の能楽は感情を動かし過ぎるかも知れないわ 」と、それがこころ自身の感情を指すか観客側の感情を指すかは不明ながら、「無表情」というこころの性質とは真逆の感情豊かな様を指摘している(『憑依華』対戦モード、対こころ勝利セリフ)。
こころの取り組み
こころは初登場した『心綺楼』での騒動以後、博麗神社で舞を踊るなど多くの人々の集いの場に登場しており、『鈴奈庵』などでもその盛況の様子が描かれている。
こころ自身の演目に対する熱意も高く、「心綺楼」演目を生み出すにあたってはマミゾウの助言をうけてこれを取り入れる(『鈴奈庵』)などしている。
また舞の演目に限らずこころ自身の好奇心の強さや探究心、そしてそれらの考察を実行に移す行動力が語られることもあり、例えば『東方深秘録』では自身が関わったオカルトについてこころが思いを巡らせ、そのアイデアを通してこころが結果的にオカルトを成長あるいは「 進化 」をもたらしているなど、新しいブレイクスルーを生み出してもいる。
そういった熱意や意欲はこころ個人の成長とも繋がっており、『心綺楼』から見られるように自らの体験を通して湧き上がる内的な感情を体験的に理解していくことに加え、客観的情報を通して感情の姿を理解したり、時には他者の感情のタイプや動き、二者間の感情のシンクロニシティの度合いなどを推し測ったりと、他者の感情に関する冷静な観察や分析も行えるようになった(『憑依華』)。
作品を追うごとにこころは成長を続けており、その成果の一端として「恋する人形焼き」のような新しい演目も生み出しているのである。
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