夕雲型駆逐艦の17番艦。
Wikipedia:早霜 (駆逐艦)、
艦これ攻略Wiki:早霜参照
艦歴
1943年
- 1月20日、舞鶴海軍工廠にて起工
- 10月20日、進水
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1944年
- 2月20日、竣工。第11水雷戦隊に編入
- 5月11日、佐伯から武蔵、隼鷹、飛鷹、龍鳳、千歳、千代田、瑞鳳を護衛してタウイタウイ泊地に向かう
- 5月16日、タウイタウイ泊地に到着
- 6月9日、敵潜水艦出現の報告を受け、早霜は磯風、谷風、島風と共に掃討に出動。谷風が米潜水艦ハーダーの攻撃で轟沈
- 6月19日、マリアナ沖海戦では乙部隊に所属
- 6月20日、沈没した飛鷹の乗組員を救助
- 6月22日、中城湾に到着
- 6月23日、熊野、鈴谷、利根、筑摩を護衛して柱島泊地へ向かう。呉で25mm機銃を大幅追加する改装を受ける
- 6月29日、呉から羽黒、妙高を護衛してリンガ泊地へ向かう
- 8月15日、秋霜、清霜と第2駆逐隊を編制
- 10月18日、リンガ泊地からブルネイへ向かい補給
- 10月22日、ブルネイを出撃
- 10月24日、レイテ沖海戦に参加
- 10月25日、サマール沖海戦に参加。早霜は爆撃を受けて損傷し、秋霜に護衛されて撤退。サンベルナルジノ海峡を突破
- 10月26日、栗田艦隊本隊と合流するが、空襲を受ける。秋霜は沈没した能代の乗組員を救助するため、早霜と分離して能代の遭難現場に向かう。早霜はミンドロ島南方を航行中に米空母艦載機の攻撃を受け、沈没を防ぐためセミララ島の浅瀬に擱座。沖波が早霜を発見し、横付して給油を開始。その目の前で藤波が空襲を受け沈没。沖波も空襲を受けて回避、早霜を残してコロン湾へ向かった
- 10月27日、沈没した鬼怒の救援に来た不知火が早霜を発見し、救助のため停止した直後、空襲を受けて轟沈
- 11月1日、那智の水偵が早霜を発見して着水し、生存者に藤波と不知火の最期について聞いた。およそ半月後に救助船が派遣された。放棄された早霜は米軍に調査され、米軍撮影の写真も残されているが、その後については不明。※現在もセミララ島には駆逐艦らしき残骸が残っているが、このセミララ島はフィリピンでも有数の治安の悪い地域であるため、じかに確認が出来ないという。
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1945年
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諸元
全長 | 119.3m |
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全幅 | 10.8m |
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排水量 | 基準:2,077t 公試:2,520t |
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機関出力 | 5万2,000馬力 |
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速力 | 35.0ノット |
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航続距離 | 5,000マイル/18ノット |
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乗員 | 225名 |
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兵装 | 50口径12.7cm連装砲塔×3基 25mm連装機銃×2基 61cm四連装魚雷発射管×2基 両舷用爆雷投射機×1基 手動式爆雷投下台×4基 水圧式爆雷投下台×2基 |
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Wikipedia:早霜 (駆逐艦)、
艦これ攻略Wiki:早霜参照
駆逐艦早霜をモチーフにした艦隊これくしょんのキャラクター
→ 早霜(艦隊これくしょん)を参照。
関連タグ
日本海軍 駆逐艦 夕雲型駆逐艦