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時報イーグルス

じほういーぐるす

時報イーグルスとはかつて台湾に存在した球団の一つ。(絵の中の36番の菊地原選手が所属していた。)
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概要

時報イーグルス(時報鷹)は1988年に瘋馬大力士趣味棒球隊というアマチュアチームとして誕生した。その後黒鷹棒球隊(ブラックイーグルス)の改称とともにプロ野球に参入した。その後中国時報へ球団が売却された。「暴力鷹」といわれる強打路線で知られファンも多かった。1997年に優勝を果たすが、祝勝会の直後八百長により選手の大半が永久追放を受けた。その後時報は高橋ユニオンズのような選手の寄せ集めでなんとかチームは存続させようとしたものの当然ながらチームはプロと呼べないレベルまで弱体化した。人気、実力共に転げ落ちる。同様の経緯をたどった西鉄ライオンズのように身売り先が見つからず、1998年に解散してしまう。その一年後、この事件の余波でそれ以前に八百長が噂された三商タイガースだけでなく、味全ドラゴンズまで解散する。一方、同時期に内部監査が機能し自チームの八百長を未然に阻止した統一ライオンズはほとんど被害を受けなかった。

その後

この事件で永久追放を逃れたのは尤伸評と張耀騰のみだった。
1997年までチームには多数の有名選手が存在したのだが、その内永久追放を逃れたのは台湾の盗塁王といわれた張耀騰のみだった。彼はこの事件以降プロ野球と関わるのを辞めてしまった。
一方尤伸評は年代勇士に移籍するも二年後に引退してしまう。
また起訴された内、蔡明宏は無罪、球界復権を勝ち取ったがすでに年齢的に現役復帰は困難であった。
その後かつてのメンバーはアマチュアチーム・コーチ団を兼ねた時報イーグルスコーチ団を結成した。このチームには永久追放をされた者も多かったが3人とも参加している。
黒鷹事件時の時報イーグルスが題材となった作品には「九月に降る風」がある。

広島東洋カープとの関係

時報イーグルスは日本人を含めた外人選手も多かった。中でも広島東洋カープとは技術提携をしており、カープは多数の選手をイーグルスに出向させていた。この中で菊地原毅選手は時報イーグルスに所属していた選手の中で最後の現役プロ選手であったが、2013年に引退した。

それから3年後の2016年、広島東洋カープで「円陣野球賭博」が発覚する。結局広島東洋カープは黒鷹事件を他山の石とする事は出来なかったのである。

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