概要
元々は、七代目松本幸四郎の俳名(俳諧あるいは俳句を作る際に用いる雅号のことであり、特に歌舞伎役者が異名や雅号として使う)であり、俳名が転じて名跡となったものである。
この名前は、高麗屋の宗家名跡にあたる松本幸四郎の名に続いて名乗られるものであり、通常は高麗屋の当主の座を次期当主に譲った後の隠居名として機能する。
初代
七代目の次男(長男は成田屋を継承した十一代目市川團十郎)・八代目松本幸四郎は、その長男である六代目市川染五郎に名跡「松本幸四郎」を生前に譲ることを決意。それに伴い自身の隠居名として父の俳名「白鸚」を名跡とし、「初代松本白鸚」となった。
初代白鸚は名跡を譲った時点でベーチェット病による全身疾患に侵されており、この襲名披露が事実上白鸚としての唯一の舞台となった。襲名の僅か三ヶ月後、ベーチェット病の進行による心不全でこの世を去る。満71歳没。
二代目
当代。初代白鸚より幸四郎の名を譲られた九代目松本幸四郎だったが、襲名から30年以上が経過したこともあり、長男の七代目市川染五郎に幸四郎の名跡を譲り、自らは父の名乗った白鸚を襲名することを発表した。
2018年1月より幸四郎改め二代目松本白鸚、染五郎改め十代目松本幸四郎、そして染五郎の長男が松本金太郎改め八代目市川染五郎を襲名。36年前と同じく親子孫の三代同時襲名となる。
二代目は襲名時点で父の没年齢を越えていたもののまだ歌舞伎役者としては健在で、白鸚襲名後も様々な舞台に出演している。