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犬塚弘

いぬづかひろし

犬塚弘とは、日本のミュージシャン(ベーシスト)、俳優、声優である。 本名「犬塚弘(いぬづかひろむ)」愛称は「ワンちゃん」
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略歴剣法ほんだらったほーい!

1929年3月23日東京市(現・東京都)大森に犬塚家の次男として生まれる。
先祖は徳川家康が幕府を開いた際に、一緒に江戸に出てきた家来だったという。

幼少期からレコードでジャズや和製ハワイアンを聴いたり、流れる音楽に合わせて楽器を演奏してみたりと周りに音楽が満ち溢れている環境で育つ。

戦時中は陸軍飛行学校を志願していたが、願書を出してすぐ終戦を迎える(これが後にクレージーキャッツ10周年記念公演でネタにされる)。
その後、文化学院・社会学部に入学。卒業後、IMBに就職したものの、アメリカ人の社員にボロクソにバカにされたことが原因で大ゲンカして、2年半で会社を辞めた。

その後、兄に(やや強引に)誘われベーシストとしてバンドに加入。
色々なバンドを転々として、「萩原哲晶とデューク・セプテット」に所属していた時に楽屋に出入りしていた異様に偉そうな人物ハナ肇と出会う。

デュークセプテット解散後、しばらく経ってからハナに誘われてクレージーキャッツの前身である「ハナ肇とキューバンキャッツ」に加入、メンバーの入れ替わりが激しかったキューバンキャッツの中で脱退せずに「ハナ肇とクレージーキャッツ」まで活躍し続けた(ハナは除く)唯一の人物である。

クレージーキャッツ全盛期時代、メンバーと共に「おとなの漫画」や「シャボン玉ホリデー」テレビや東宝クレージー映画に出演。植木等ハナ肇谷啓と比べればさほど目立った活躍はしなかったが、実はクレージーキャッツ「第4の男」として売り出され、大映の映画に主役として何本か出演したことがある。

クレージーの人気が落ち着いたあたりで、木村光一が演出する舞台「越前竹人形」に出演。
この時に舞台の面白さに目覚め、数々の舞台に出演。ミュージシャンから舞台俳優としての道を歩み始めるが、クレージーキャッツ関連の仕事があれば必ず引き受けていた。

80歳を過ぎた現在でも、俳優、ミュージシャンとして精力的に活動を続けている。

2012年に桜井センリが逝去したことにより、クレージーキャッツのメンバーで唯一の存命者となった。

おい、人物紹介はないのかい?


谷啓曰く「真面目一方」とのこと。
その証拠に、前述の「第四の男」として出演した映画「ほんだら剣法」の宣伝文句では、当時の植木等のイメージであった無責任をディスる言葉が踊っている代わりに、マジメで行こう!という一文が強調されていた。

ちなみに、東宝クレージー映画で演じる犬塚のキャラクターは何故か刑事が多かった。

クラシックの専門家に師事していた影響で、コントラバスを弾いていたが、指で弾くのではなく弓で弾くというジャズのベーシストにしては変わった弾き方をしていたため、それが同業者に瞬く間に伝わり、スカウトの話が相次いだという。

担当はベースだが、「シャボン玉ホリデー」のEDではギターを弾いていたり、「植木等ショー」ではヤカンの蓋のようなものを叩いたりしていた。

クレージーキャッツ内では、メンバーの不満を一手に引き受ける女房役をやっていた。個性豊かなクレージーのメンバーが衝突して、解散するといった事態が起こらなかったのは、犬塚が女房役を買って出たおかげかもしれない。

メンバーの中で最も仲が良かったのは谷啓で、何を考えてるかわからないというより、次にどんなことをするのか興味が湧いてくる男と思っていたそうな。
共にお酒が飲めなかったので、メンバーが飲みに行ってしまった際に残った2人でトランプをしたりしていたらしい。
晩年、記憶力が衰えてきた谷のバックアップをするために、フリップを持つ役を引き受けたり、谷が亡くなった際にお別れ会で弔辞を朗読したりと、その友情は最後まで続いた。


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ワンちゃん&センリさん


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菅原文太(犬塚にとって又従兄弟にあたる)
山田洋次(脇役として数多くの作品に出演)

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