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クレージーキャッツ

くれーじーきゃっつ

日本のコミックバンド。
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解説

クレージーキャッツ」とは、1950~60年代に人気を博した昭和時代のコミックバンドである。
正式表記は「ハナ肇とクレージーキャッツ」。
略称として「クレージー」と呼ばれ、表記される場合もある。

結成時のバンド名は「ハナ肇とキューバン・キャッツ」であったが、
ハナ肇とキューバン・キャッツ - Wikipedia

進駐軍のキャンプ回りでの演奏中に見せた「洗面器で頭を叩く」というギャグが受け、
「You're crazy.」
と言われたのをきっかけに「クレージーキャッツ」に改名したという。

1950年代後半からバラエティ番組シャボン玉ホリデー」などに出演し、テレビで人気が爆発。
東宝で制作されたクレージー出演映画:クレージー映画は軒並み大ヒットし、
スーダラ節」、「ホンダラ行進曲」、「五万節」など多くのヒット曲を送り出した。

1960年代後半になると、メンバーの個人的活動が増え、1980年代にはコメディアンとしてよりも俳優としての性格が強くなった。

その後メンバーが鬼籍に入りはじめ、現在存命なのは犬塚弘1人だけである。
なお活動できない状態にあるだけで解散はしていない。
ハナ肇が亡くなった時に植木等が解散宣言をしたが翌日撤回した)

プロダクションの後輩にザ・ドリフターズザ・ピーナッツがおり、この3組を合わせて「ナベプロ三大タレント」などと称することもある。

あらゆる年代や著名人にファンが多く、特に有名なファンに所ジョージがいる。

メンバー

各メンバーは音楽の経験やテクニックで卓越した腕を持っており、単なるコントグループコミックバンドとは全く違う「音楽の質の高さ」を兼ね備え、「音楽+コメディ」という芸能活動を広めた第一人者でもある。

ハナ肇

ハナ 肇(ザ・クレージー・キャッツ)


1930年2月9日生まれ - 1993年9月10日没
ドラムス担当。
アッと驚く為五郎」というギャグで知られる。
強力なリーダーシップを発揮し、メンバーを統率していた。
ハナの死去後は、実質的に「クレージーキャッツとしての活動」は出来なくなってしまった。

植木等

無責任男


1926年12月25日生まれ - 2007年3月27日没
ボーカル及びギター担当。
ボーカルとして「スーダラ節」や「無責任一代男」などをヒットさせ、
映画では「無責任男」、テレビでは「お呼びでない?」など、後世に残るキャラクターとギャグで爆発的な人気を得た。

谷啓

谷啓さん天に召される


1932年2月22日生まれ - 2010年9月11日没
ボーカル及びトロンボーン担当。
ガチョーン」や「ビローン」、「あんた誰?」、(「青島だァー」に対抗して)「谷ダァー」といったギャグを持つ。
クレージーキャッツの音楽コントのほとんどは谷が考えたもので「譜面にギャグを書き込む」というスタイルで数多くの音楽ギャグを作り出した。

犬塚弘

乾坤堂のご主人


1929年3月23日生まれ - 現在も存命
ベース担当。
ハナ肇と共に「キューバン・キャッツ」時代から活動している古参メンバーであるのと同時に、2015年現在、唯一存命しているクレージーキャッツメンバーである。

安田伸

サックスと安さん


1932年9月19日生まれ - 1996年11月5日没
テナーサックス担当。
ブリッジをしながらサックスを吹く芸が有名。
愛妻家としても知られており、「ミヨコー」と奥さんの名前を言うギャグを作った。

石橋エータロー

エーちゃん誕生日


1927年9月30日生まれ - 1994年6月22日没
ピアノ担当。
結核に罹患したために、一時期クレージーキャッツを脱退した。(その代理として桜井センリがピアノ担当として加入)
その後クレージーに復帰するも、1971年に引退し料理研究家に転身、渋谷で小料理屋を経営していた。
声楽を専攻していたこともあり、メンバー中では植木等と並ぶ美声の持ち主。

桜井センリ
1926年3月20日生まれ - 2012年11月10日没
石橋エータロー後任のピアノ担当。
石橋復帰後もクレージーに留まり、彼と共にピアノの連弾をステージで披露。クレージーキャッツの名物となった。
ルーチョンキ」(キンチョールを逆から言ったギャグ)、「あたしってダメねぇ・・・」などのギャグを持つ。

みんなのヒナ子さん



関連人物

渡辺晋
1927年3月2日生まれ - 1987年1月31日没
渡辺プロダクション創業者
ナベプロ創業当時の数少ない所属タレントが「クレージーキャッツ」(当時は「キューバン・キャッツ」)であった。
(というより当時クレージー以外に所属していたタレントは渡辺晋自身のバンドのみだった
東宝に「クレージーキャッツ」主演の喜劇映画シリーズ(「クレージー映画」)の共同制作を持ちかけるなど、「クレージーキャッツ」人気の影の仕掛け人として活躍した。
そのため「クレージー映画」のスタッフクレジットに、必ずと言っていいほど名前が載っている。

青島幸男
1932年7月17日生まれ - 2006年12月20日没
色々あって放送作家になり、色々あってタレントになり、色々あって東京都知事にまでなった人物。
「クレージーキャッツ」全盛期時代の歌の作詞を担当。
スーダラ節」、「五万節」、「無責任一代男」など、トゲがあるが非常にインパクトのある歌詞をホイホイと作り上げた。

萩原哲晶
1925年5月26日生まれ - 1984年1月13日没
愛称「デクさん」(由来はアソコがすごく大きかったから)
「キューバン・キャッツ」時代メンバーの一人として活躍していたが、作曲家に転身。
以降、青島幸男と共に「クレージーソング」を数多く作曲する。
余談だが「無責任一代男」の「こつこつやる奴ァごくろうさん」のフレーズを考えたのはこの人らしい。

宮川秦
1931年3月18日生まれ - 2006年3月21日没
愛称「宮ちゃん」。
萩原哲晶に次ぐ「クレージーソング」作曲者として知られ、「シビレ節」、「ウンジャラゲ」などを作り上げる。
植木等とはウマが合ったのか、植木の番組「植木等ショー」に呼ばれるだけでなく、専用のコーナーまで作ってもらったり、植木の単独コンサートにもゲストとして呼ばれていたりと、終生仲が良かったらしい。

ザ・ドリフターズ
もはや説明不要のコントグループ。
彼らにとって「クレージーキャッツ」はコミックバンドグループとしてもお笑いタレントとしても、憧れの大先輩であり、最大の師匠だった。
ちなみに志村けんを除くメンバーの芸名を付けたのはハナ肇である。

ザ・ピーナッツ
「渡辺プロダクション」に所属していた双子の姉妹のデュオ歌手。
「クレージーキャッツ」とは「シャボン玉ホリデー」で共にメインホストを11年間担当。
クレージー映画」にも3本出演している。

関連リンク

ハナ肇とクレージーキャッツ - Wikipedia

関連タグ

バンド コント
コミックバンド

シャボン玉ホリデー
ザ・ピーナッツ

クレージー映画

ハナ肇とクレージーキャッツ
:公式表記。
クレージー・キャッツ
:表記揺れだが、公式商品でも使用されている。
クレイジーキャッツ:表記揺れ

昭和

クレージー

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