立花種次
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たちばなたねつぐ
立花種次とは江戸時代初期の大名。
慶長9年(1604年)に誕生、元和3年(1617年)に常陸国柿岡5000石を継いだ。元和7年(1621年)1月、18歳の時に父・直次の旧領筑後三池1万石を与えられ、三池藩初代藩主となった。三池に入った種次は、祖父・高橋紹運と父・直次の菩提寺として、三池今山に紹運寺を建立した。
当初は伯父・立花宗茂の後見を受け屋敷も柳川城下に構えていたが、寛永4年(1627年)、三池新町に陣屋を築き藩の政庁とした。陣屋の跡は現在、大牟田市立三池小学校の敷地になっており、石段、御殿の玄関の一部、井戸、陣屋眼鏡橋などの遺構が残っている。
種次には四人の弟があり、二弟・種吉は幕府旗本に召し抱えられ、三弟・種俊(政俊)は柳河藩重臣で「武の家」と呼ばれた立花内膳家の祖となり、四弟・忠茂は生まれてすぐ宗茂の養子となり柳河藩二代藩主になった。五弟・種元も柳河藩士となった。
寛永7年(1630年)に柳川で死去。享年27歳。
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