導入までの経緯
従来、日本のプロ野球で使用する公式球はメーカー7社で作られ、各球団ごとに主催試合で使う公式球を選択する方式だった。しかし、メーカー毎に球の性質が異なる事から、試合ごとに打球の飛距離などが異なる状況を生み出した。
他にも、国際試合で使用される低反発球への選手の対応力低下、強い打球が直撃することによる投手の故障の危険などの問題があった。
そのため、NPBは2010年に全球団の使用球を統一することを発表し、「統一球」と命名され、翌2011年から使用され始めた。
当時のコミッショナーは加藤良三。ミズノ社が製造し、統一球には「加藤良三」というサインも入っている。
導入後
導入初年度の2011年は、総本塁打数が1605本から939本と激減。大半の野手が大きく成績を落とした。この年からストライクゾーン変更された事や、東日本大震災の影響によって3時間半ルールが導入された事もあるが、それを考慮しても異常な減り方と言えた。
2012年は改善するどころか更に投高打低が顕著になり、MLBとの親善試合でも双方のボールを体感した選手らが「明らかにメジャー球の方が飛ぶ」と証言し、選手会側が統一球について検証を要求する事態に発展した。
その結果、NPBは2013年6月に会見を開き、2012年の公式球の反発力は基準値を大幅に下回っており、所謂「飛ばないボール」だった事、2013年の公式球からは正常な反発力に仕様を変更したがこの事実を非公表とするようミズノ社に要請した事、更に選手会側へ虚偽報告をしていたことを認めた。
問題点
ボールの質に起因する選手への影響
第一の問題点は、基準値を下回る公式球である。この飛ばないボールによって多くの野手が軒並み成績を落とした。日本プロ野球選手会の嶋基宏会長(当時)は「ボールが飛ばなかったシーズンを基準に出来高契約を結んでいる選手(投手)もいる。労働条件が変わってしまっている」と発言し、6代目選手会会長を務めた宮本慎也も「去年で辞めた選手で、もう1年できた選手もいるかもしれない。出来高でも、ホームラン打者ならこれぐらい、という線で結んだら、(ボールが変わって)その倍打つかもしれない。選手だけの問題じゃなく、球団経営にも影響が出てくる」と見解を示している。
一連の問題の隠蔽
2013年シーズンが開幕すると、全体的に打者成績が前年までと比べて上がっていたため、各所から今季から球が変わったのではないかと疑惑が出たが、NPBも製造元であるミズノも一貫して否定していた。が、前述のように実際は統一球を変更していた事実を後になって認めた。
加えて、コミッショナーの加藤良三は「知らなかった」「批判には値するが、隠蔽ではない」「不祥事を起こしたとは思っていない」と辞任する考えがないことを強調し、責任や進退について問われると「さっきから言ってるでしょう。私の話を聞いていただきたい」と発言した。さらに、記者会見は午後8時からと試合が行われてる時間帯であり、試合中ということで記者の数を減らそうという意図があったと疑われた。こうした対応の不味さも批判に拍車をかけたと言える。
なお、製造元のミズノ社にもそれなりに責任はあるはずだが、マスコミからは特に追及されていない。広告主として影響力の大きいミズノにはマスコミも及び腰だったと考えられる。
国際試合の問題
導入自体は国際試合での球への違和感をなくすのも理由の一つだったが、MLBが主催するWBCで使用される公式球は、NPBのそれとは大きさや縫い目、革の質感など異なる部分が多く、投手がボールの対応に苦しむ問題は結局解決されなかった。
その後の動向
2014年シーズンが開幕すると今度は「よく球が飛ぶ」という声がファンや解説者などから多数挙がった。そして、2014年の使用球の反発係数を測定したところ平均0.426というデータが出て、これが基準である「0.4034~0.4234」を上回ったという話である。
しかし、反発係数の基準は、元は「0.4134~0.4374」である。これなら2014年当初の使用球の「0.426」でも範囲内であり問題はないが、実はシーズンオフの間にNPBによって統一球の反発係数の基準値変更が行われており、元の基準の下限の0.4134を下回っても違反とならないように、基準値そのものが下方修正されていたのである。
その後に納入された新しいボールは基準値内に収まり、多少の差異はあるものの、いずれも基準値をクリアしている。
しかしながら、その後の時代においても、2020年代に入って再び目立ち始めたリーグ全体の投高打低傾向に対し、ファン界隈もメディアも投手たちのレベルアップ等を素直に論じる声と同じかそれ以上に「また黙ってボールを変えたのか」などと、この過去の統一球騒動が原因でホームランの減少や得点数低下が話題になるたびNPBの運営手法を疑う声が業界内外で上がりがちな下地を作ることとなった。
現に2024年シーズン序盤では、4月中旬まで歴史的な打低傾向が各所で報じられ(記事1)、選手たちも違和感を公言する事態に至ったのち(記事2)、ある時期を境に急に両リーグでホームランや得点が増加するようになったため(記事3)、打者たちの活躍以上にボールの質を疑うファンが続出するほどであった。
余談
前述した、ボールへの加藤コミッショナーのサインになぞらえ、この飛ばないボールとその一連の騒動は「加藤球」と俗称されることとなった。
2011年に中村剛也(埼玉西武ライオンズ)は、なんと48本もホームランを放っている。これは千葉ロッテマリーンズのチーム本塁打(46本)よりも多く、この成績は驚異的だと言える。
2011・12年の公式球は失敗だったという見方が強いが、各球団で異なっていたボールを統一する事や、国際球への対応という目的自体は間違いではなかったと評価する者もいるだけに、悔やまれる面もある。