虫愛づる姫君
むしめづるひめぎみ
按察使大納言の姫君は美しくて気高かったが、年頃になっても化粧もせず、またお歯黒もつけず、眉を整えることもしないなど、当時の貴族女子のたしなみにまるで心を寄せない娘だった。花や蝶など、一般に可愛らしいとされているものもそのままでは興味を覚えず、芋虫や毛虫を集めては、それらが成虫に育つまでの過程を観察するのが大好きだった。虫を怖がらない下層階級の男の子たちとも戯れ、彼らに虫を集めさせてはその名前を尋ね、名前のわからない虫には自分で名をつけるようなことをしていたという。いわば虫オタク少女である。
当然ながら彼女は世の人達のみならず侍女たちからも奇人・変人扱いされていた。今風の言い方をすればさしずめ「不思議ちゃん」とか「残念な美少女」というところだろう。
彼女にある種の性格異常を見てとるような読み方もしばしばなされている。
ただその一方、姫の当時の風習や格式、ジェンダーにとらわれない自由な生き方を肯定的に捉えるような読み方も現代では見られるようになっている。また、虫たちの真の姿を緻密な観察を通して見極めようという姿勢は、いってみれば古典文学における理系女子の先駆けとして評価する声も出てきている。
時代を越えて現代的な視点から見てみれば、案外「残念」ではないのかもしれない。
また、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』のヒロイン・ナウシカのイメージ・ソースともなっているという。
さらに、現代の虫好きな少女のイラストにこのタグが付けられていることもある。
価値観にとらわれない聡明な才女として描かれ、本巻のメインヒロインというべき存在感を放っている。
父である堤中納言が彼女の虫好きを直そうと、芦屋道満に蠱毒で生み出した妖蟲を貰って密かに差し向けるも、全く意に介さず世話を続け、安倍晴明の下に話が来た折に晴明によって種明かしとなり、妖蟲は最後は人の顔を持つ妖艶な蝶となった。
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すべて見る堤中納言物語・虫めづる姫君 意訳
☆千年前のライトノベル。常識破りの異色の古典☆ ・『堤中納言物語』は日本初の短編物語集 ・「虫めづる姫君」は『堤中納言物語』の中でも異色の一編 ・制作年代、作者など、ほとんど不明 ・平安時代後期(一説には1055年頃)の作品 ・千年前のライトノベル的存在 ・虫めづる姫君は「風の谷のナウシカ」のモデルらしい 【登場人物】 虫めづる姫君: 平安貴族の女の子。趣味は昆虫観察。特に毛虫が好き。眉毛を抜かず、お歯黒もしない。言いたいことは遠慮しないで言う性格。ファッションセンスは皆無。 虫捕り少年たち: 庶民だが、平気で虫に触れるので昆虫採集のために雇われた。姫から変なあだ名をつけられる。 女房たち: 名前は兵衛、小大輔、左近、大輔の君など。姫のお世話係。毛虫を飼う姫に大迷惑しているが、何だかんだ言って味方する。 按察使(あぜち)の大納言夫婦: 姫の両親。姫を溺愛する。娘に気持ち悪い趣味をやめてもらいたいが、説教しても返り討ちにされる。 右馬佐(うまのすけ): 平安貴族の青年。調子に乗りたい年頃。噂の姫を見たいが、一人は怖いので友だちの中将について来てもらう。特技は女装。 【みどころ】 ・虫めづる姫君が平安社会の常識をことごとくぶち破るところ ・虫めづる姫君が残念系美少女なところ ・右馬佐がチャラ男なところ 【参考文献】 三谷栄一・三谷邦明・稲賀敬二(2000)『新編日本古典文学全集17 落窪物語 堤中納言物語』 小学館 大槻修ほか(1992)『新日本古典文学大系26 堤中納言物語 とりかえばや物語』 岩波書店11,188文字pixiv小説作品